第138話勇者の突入

 貴族連合軍は勇者オットーとその仲間を先頭に、堂々と正面から王都に入った。それは勇者の帰還を民衆に知らしめるためである。実際にそれまで廃墟の如く静まり返っていた王都は、不安の反動からか歓喜にわいた。彼らは民衆にとっての希望に他なら無いのだから。

 誰にも邪魔されることなく彼らは進軍し、そこで報告通りに木っ端微塵に破壊的された跳ね橋前までたどり着いた。すでに賊の魔術によって作られた氷の橋は溶けており、渡る手段は失われている。そして跳ね橋の向こう岸には、仮面の賊が縄を打たれた近衛の首筋に刃を当てて待ち構えていた。


 「王都を混乱に陥れる賊に告げる!武装を解除し、即刻降伏せよ!さすれば苦痛無き死を与えよう!これは最後通牒である!」

 「…。」


 オットーは賊に向かって最後の警告を発したのだが、それでも彼らは全く反応を見せない。聞いていた通りの気味の悪い集団である。しかしこの場合、無反応は拒否に他ならない。故にオットーは勇者が勇者たる力、神通力を行使した。


 「猶予は与えた!それでも刃向かう愚か者に、正義の鉄槌を下す!」

 「おお!これが!」


 オットーが純白の剣を掲げると、忽ち黄金の何かが彼の身体から迸った。この黄金の力場こそ、神獣が勇者に与えし神通力である。黄金の光が千の兵士達を包み込むと、なんと全員を優しく浮かべるではないか。しかもただ浮遊させられているのではなく、自分の意思で自由に空中を移動できる。集団にかける飛行魔術とは異なる現象に、兵士達はただただ勇者の神通力に感服していた。


 「神通力…何と美しい…。」

 「行くぞ!必ず陛下達をお助けするのだ!」


 浮遊する勇者と兵士は悠々と堀を飛び越え、城門をくぐって通路に突入した。しかしながら、勇者の常識外れな力を目の当たりにしても仮面の賊は揺るがない。飛んだ時点で人質にしていた近衛騎士の首を躊躇無く刎ねると、絶対的な数で勝る連合軍相手に恐れることなく剣を抜いた。


 「外道め!成敗してくれる!」

 「シッ!」


 勇者は近衛騎士を手に掛けた賊を真っ先に狙ったが、何と敵は勇者の一撃を剣を斜めに構えることで逸らしてみせた。オットーの武器は白竜の角を圧縮し、幾重にも魔術を付与した魔具である。それを何の変哲もない鋼鉄の剣で捌いた賊の技量は目を見張るものがある。

 絶対の自信があった斬撃を容易く捌いた技量に驚き、動揺している暇など賊は与えてくれない。目を見開いているオットー目掛けて、小柄な男が身の丈の倍はあるだろう大槌を振り下ろした。


 「危なっぐううううう!」


 その剛撃はユリウスがどうにか盾で受け止めたが、かと言ってオットーがユリウスの陰から飛び出すことは出来なかった。何故なら小男の背後から放たれ連続して撃ち込まれる風を纏った矢によって反撃の隙が無かったからである。しかもその矢はアイシャをも狙っており、彼女が魔術を使う隙を与えてくれない。さらに普段なら敵の懐に入るヤムは同じく素手で戦う獣人に足止めされていた。むしろ彼の方が劣勢ですらある。

 オットーは敵の脅威度を数段階引き上げる。まさか賊がこんな化け物じみた技量を持つとは思っていなかった。勇者の神通力を使わなければ勝てないかもしれないほどの強敵揃いである。


 「お前たち、何者だ?」


 オットーは一旦距離をとり、改めて賊に誰何する。しかし相手は全く取り合う気は無いらしい。誰一人答えるどころか言葉さえ発しなかった。むしろ来ないのならば此方から、と言わんばかりに踏み込んできた。


 「ぐっ、重いし、鋭い、な!」


 敵の猛攻をオットーは防ぎ、弾き、避ける。しかし相手は対人戦によほど優れているのか、オットーに見破れないフェイントをかけつつ彼の太刀筋は全て読み切られる。勇者との覆し難い身体能力を、予知めいた読みによって埋める恐るべき手練れだ。オットーと同じく攻め倦ねていた仲間達だったが、そんな彼らの前に二十人以上の兵士と討伐屋が守るように割り込んだ。


 「勇者様!先に行って下さい!ここは我々にお任せを!」

 「そうですよ!我々が命を賭して食い止めます!陛下を救って下さい!」


 オットーは己と対等に渡り合う敵に彼らが勝てるとは思えない。だが、国王を救うことが最優先であるのも確かである。それに中で待ち受けるのは、此処にいる者達よりも遥かに強いに違いない。なればこそ、勇者として王城にすぐにでも乗り込まねばならないのだ。


 「っ!任せる!死ぬなよ!…皆、行くぞ!」


 それだけ言うとオットーは三人の仲間を連れて城内に駆けていった。仮面の賊はそれを特に止めるでもなくあっさりと通して目の前の兵士を斬り捨てることに専念している。武器を振る毎に兵士が死んでいくが、勇者に者達は必死に食い下がるのだった。

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