第139話姫の復讐 其の一

 王城の内部は驚くほど静かだった。それは外の剣戟の音がよく聞こえる程である。しかしながら、誰もいない訳ではない。城の入り口の真正面に、目隠しされつつ猿轡を噛まされた使用人の男が椅子に縛り付けられていたのである。男の安否を確かめるべく、オットー達は慌てて駆け寄った。


 「おい、大丈夫か!?アイシャ!」

 「わかってますよぉ!」


 『慈母』の二つ名に違わず、アイシャは回復魔術と補助魔術を得意とする魔術師だ。オットーが拘束を解いた使用人に魔術を掛けようとした彼女だったが、その前に男は目を覚ました。


 「うっ…ここは?え!あ!ゆ、勇者様!?」

 「怪我は大丈夫か?そして混乱しているだろうが、落ち着いて答えて欲しい。陛下は何処にいらっしゃるか、知っているか?」

 「は、はい!玉座の間です!」

 「…誰から聞いた?何故、知っている?」


 低い声音で尋ねたのはユリウスである。彼は男が妙に確信に満ちている事が気になったのだ。ユリウスから漂う剣呑な空気に気付いたのか、使用人の男は慌てて理由を話した。


 「ご、誤解です!拘束されてから言われたんです!『ここに来た奴に伝えろ。玉座の間で待つ。』と!」

 「確実に罠だな。しかし…」

 「気にすんなって。いつも通り、罠ごとぶっ潰してやろうぜ!」

 「手掛かりはそれしかない、か。仕方ない。行くぞ!」

 「わ、私はどうすれば…?」


 使用人の男は震えながら縋るようにオットーを見上げる。彼の置かれた状況を思えばそれを情けないとは言えないだろう。だが、ここで足止めを食らう訳にはいかない。オットーは勇気付けるため、彼の肩に力強く手を置いた。


 「外は危険ですから、ここにいて下さい。何、すぐに戻りますよ。」

 「わかりました!ご武運を!勇者様方!」


 自信満々に断言したオットーに元気付けられたのか、男の震えはもう止まっていた。男の激励を背に、四人は玉座の間を目指して走り出す。自分達が死地に向かっているとも知らずに。




 玉座の間はいつものように重厚な扉によって閉じられている。しかし、その雰囲気は全く異なる。扉の開閉を行う近衛騎士が居ないだけでなく、扉越しでも微かに鉄の臭いが漂って来るのだから。

 四人は意を決して扉を開けた。ヤムとユリウスが左右の扉を押し、オットーとアイシャが攻撃に備える。予想していたような不意打ちこそ無かったものの、そんな事が気にならないほどに凄惨な光景が広がっていた。


 「何…だ…これ?」


 王座の間一面に死体が転がっていたのである。しかもどの死体もバラバラにされており、もはや何人分のなのかも解らない。そして夥しい量の血液によって描かれた何らかの魔術的な文字や図形が床や壁、天井にまで所狭しと埋め尽くしていた。

 非現実的で冒涜的な惨状だが、むせかえるような臓物と汚物の臭いが目の前の事象が事実であると告げてくる。幾度となく死体の臭いを嗅いできたオットー達ですら、膝の震えを抑えることが出来なかった。


 「ようやく来たか。待ちかねたぞ、『大鷲の勇者』とその腰巾着共。」


 放心状態だった四人を現実に戻したのは、皮肉にもこの事件の首謀者であった。彼らは玉座に深く座る男の顔に見覚えがあり、さらにその男がである事も知っていた。


 「ザ、ザイン・リュアス…?何故ここに…いや、死んだハズ…。」

 「ああ。そこで震えてる王様に謀殺されかけたな。痛かったぜ?なあ、王様?」


 そこで初めてオットー達はザインの足下で震えている王族に気が付いた。無事だった事に安心すると同時に、オットーはザインに殺気を放ちつつ怒りに声を荒げた。


 「何を言う!仮にそうだとして、こんな…こんな外道を許していい理由にはならない!」

 「おいおい、この悪趣味な装飾は俺じゃねぇぞ。なぁ、アンリ?」

 「悪趣味とは心外ですわね。」


 そう言って玉座の陰から現れた人物に、オットー達はさらに驚かされることになる。その方は他でもないアンネリーゼ・ダアル・カシュレ・アジェルヴォルン王女であったからだ。

 それを見て、彼らはおぞましい事実を嫌でも知る事になった。つまりアンネリーゼ姫こそ、このを描いた張本人であるという事実をだ。勇者達の驚き様に満足げなアンネリーゼは、光沢のないくすんだ銀の杯を片手にそのまま玉座の肘掛けに腰を降ろした。


 「私のセンスではありません。儀式に必要なだけです。」

 「どうだか。ってどうした?雁首揃えてアホ面晒してよ。」

 「アンネリーゼ姫、ですよ、ね?」


 ザインの小馬鹿にするような嘲笑も彼らには届いていない。予想外の事態が多すぎて頭が追いついていないのだろう。大体、アンネリーゼは昔から常に無表情で口を開く事も滅多にない。故に彼らは彼女の笑顔は当然のこと、声すら初めて聞いたのである。違うと言って欲しい彼らに、アンネリーゼはにっこりと微笑んで無慈悲な真実を告げた。


 「ええ、そうですよ。私と彼がこの事件の黒幕です。」


 彼女の笑顔は男女の区別なく魅了する。しかし、この世のものとは思えない美貌の内側に秘められた狂気を敏感に感じ取った勇者達は、背筋に寒気を覚えると同時に本能で得心した。この美しい皮を被った化け物ならばこのくらいの事はやってのけるだろう、と。


 「構えろ!」


 敵の正体を見定めたオットー達に、最早迷いは無い。無言で武器を抜き放って臨戦態勢に入るのだった。

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