第136話魔軍の進撃 其の三

 数の上では獣人以上に不利だったハズの魔族が、王国軍を易々と壊滅させる。その光景をファーナムの城壁からまざまざと見せつけられた獣人達は青ざめていた。連中がわざわざここまで出張ってきた正確な理由は解らない。しかし、仮に彼らの刃が此方に向いたならば確実に殲滅させられるだろう。一矢報いることくらいは出来るに違いないが、それでもファーナムは人間と獣人の血で満たされるのは目に見えている。

 獣人達が戦々恐々しているのを知ってか知らずか、王国軍をあっさりとし終えた魔族は整列してファーナムに近付いて来た。いよいよ覚悟を決める必要に迫られたかと思ったが、魔族から放たれた宣言は意外なものだった。


 「聞こえとるか!ワシは魔王軍の第一軍を預かっとる魔将のウンガシュっちゅうモンや!話があるさかい、獣人さんの頭の面ァ貸してくれや!」


 なんと彼らは自分たち獣人がファーナムを占拠していることを既に知っているらしい。何故知っているのかは謎だが、相手が対話のテーブルに着くというのは意外ながら喜ばしいことだ。色々と情報を得るチャンスでもあるのでこの呼び掛けに応じない手はないだろう。

 しかし相手の戦闘力はまざまざと見せつけられている以上、かなり踏み込んだ条件でも飲まざるを得ない。手に入れたファーナムを手放すだけで済めば上々、下手すれば獣人を支配下に置くと言われても断れない。魔族の戦力はそれほどに太い楔を獣人達の心に打ち込んだのである。

 そして最悪なのは出向いた獣将が騙し討ちされた場合だ。相手の戦力を考えれば可能性は低い。わざわざ騙し討ちなどという面倒なことをせずとも正面から叩き潰せば良いのだから。しかしながら若き獣将は情けないことに怖じ気づいたらしく、暗殺の危険を口実にして代理の者を送ると言い出した。

 流石に若い獣人達も白い目で見ていたが、では自分が行けるかと言えば皆目線を逸らしてしまう。如何に勇敢といっても自分を容易く殺せる相手の懐に飛び込むのを尻込みするのは仕方がないだろう。


 「恥ずかしながら獣将閣下は現在都市の掌握で手が離せない!代理の者を寄越しても宜しいか!?」

 「かまわん!早よぅしてぇや!」

 「有り難い!すぐに向かわせる!」




 魔王軍が陣を敷いている間、獣人達は急いで誰を行かせるかを決めるべくすべての千獣長以上の者達が集められた。誰も行きたくないが誰かが行かねばならない。だが、獣将は押し付ける相手を既に決めていた。

 結局、この重要であると同時に危険な役回りをムジクが果たすことになった。彼は獣将のこういう面での徹底ぶりにもはや感心しつつ、副官と共に魔族の陣にたどり着いた。


 「私は獣将閣下の名代として参上した千獣長ムジク・ラクと申す者。魔将殿と面会願いたい。」

 「歓迎いたします、ラク殿。早速ですが此方へ。」


 ムジクを出迎えたのは戦場でも活躍していた人馬族の一人だった。彼に先導されて、ムジクは地面に敷かれた魔獣の皮の上に座る魔将達と顔を合わせる。そこに座するのは己ではどう足掻いても勝てないだろう圧倒的な強者だった。


 「よお。アンタが獣人の代表でええんやな?」

 「その通りだ。ムジク・ラクと申す。」


 それでも怯えや震えを見せることなく毅然とした返事をして見せたムジクは賞賛されて然るべきだろう。ただ、彼の名前を聞いた途端、青い鱗の魔将がピクリと反応した。


 「ん?その名、どこかで…。」

 「あ?有名なんか?」


 何故自分の名前を知っているのだろう、というムジクの疑問はすぐに解決する事になる。はっとした表情になったシャルワズルは、手で腿をピシャリと叩いて言った。


 「おお、思い出したぞ!ザインの話に出てきた狼獣人がそんな名だったハズだ!」

 「リュアス殿をご存知と!?かの御仁はどこに!?」


 想像だにしていなかった恩人たるザインの名が出たことで、ムジクは思わず大声を出してしまった。しかしすぐに我に帰ると取り繕うように咳払いして今度は冷静に尋ねた。


 「失礼した。それで、リュアス殿の名が出たと思うのだが…」

 「なんや、アイツの知り合いかい。手間ァ省けたんとちゃうか?」

 「ラク殿、貴方の仰るザインは魔王様の側近だ。そしてこの出兵もザインの計画であるぞ!」

 「と、と言うことは魔王軍の皆様が我らと肩を並べて下さる、と?」

 「せや。んで、これがウチの出す条件や。これを持ち帰ってもっかい来てくれや。」

 「…まず私が拝見しても?」


 ムジクの確認にウンガシュは何も言わずに頷いた。魔獣と思われる皮に書かれた文書に、ムジクはすみからすみまで目を通した。そしてその条件に目を疑うことになる。


 「王国の都市攻略に手を貸せば南部の領有を保証と奴隷の無償解放…?しかも魔族とエルフにドワーフとの同盟ですと!?」

 「せや。エルフとドワーフはもう手ぇ結んどる。後はアンタらが正式に加わりゃあ王国どころかこの大陸は魔族と亜人のモンになるで。」

 「た、大陸が…?」

 「らしいで。それとこれが詳しい将来設計や。信じへん奴らが多かったらコレを見せろて言われとる。中身は知らんけどな。」

 「拝見します。」


 渡された資料を読んだムジクは、己の想像を遥かに超える未来図に震えを止めることが出来なかった。それは恐怖からではなく、一種の武者震いである。彼はこの同盟を必ず結ぶように動くことを決意した。




 ムジクが持ち帰った文書は獣将一人で決めて良い案件では無い。故に足の速い者に文書の持たせてパシャール・グネの本拠地に走らせた。ちなみにムジクが獣将に半ば脅迫気味に合意すると書かせた文書も持たせていた。

 ウンガシュから提示された返事の期間は十日とされていたが、三日目の昼には同盟への参加が正式に決定した旨が届いた。何か裏があるのではないかとの意見もあったが、二つ目の資料が決めてとなったようだ。その報告をもって魔王軍とパシャール・グネの同盟軍は動き出すのであった。

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