第135話魔軍の進撃 其の二

 槍衾に対して何の対策もせず、愚直なまでに吶喊する魔族達に騎士達は恐怖した。最初は突如として現れた異形の集団という点で恐れ、今度は槍衾を毛ほども恐れていないことに恐怖したのだ。それが単なる蛮勇なのか、はたまた槍衾など物ともしない余裕の現れなのかは定かでは無い。しかし、もし後者ならと考えると震えが止まらない思いであった。


 「来るぞ!槍隊、構えぃ!弓兵と魔術師は射程に入り次第先頭に集中砲火せよ!」


 しかし彼らは単に徴発された兵ではなく、専業戦士として鍛えられた騎士と魔術師だ。本能的な恐怖を意志でねじ伏せ、戦意をたぎらせる。先陣を切るウンガシュが射程に入った瞬間、ついに戦闘が始まった。




 上半身が人型で下半身が馬という人馬族の姿を模したウンガシュは、不敵に笑いながら飛んでくる矢弾や魔術を身体に受けていた。堅すぎる肉体を誇る晶魔にとって、こんなものは攻撃ですらない。まるで小雨である。


 「おうお前らぁ!気張れぇ!死ぬ気で後ろぉ守るんやぞ!」

 「「「うっしゃあああ!!!」」」


 しかし第一軍の全てがそこまで頑丈ではない。それこそ人馬族は矢で射られても屈強な筋肉の鎧で防ぐだろうが魔術で貫かれたり燃やされたりすれば死ぬこともあり得る。故に半端な攻撃では傷一つ負わない晶魔族が前に出るのだ。兵を無駄死にさせない為に何をするべきかをウンガシュは理解しているのである。

 雨霰と降り注ぐ矢と色とりどりの魔術を正面突破して、ウンガシュ達は遂に王国軍と直接ぶつかる。自分たちに向けられる剣山の如き槍衾に彼らは正面から突っ込んだ。




 騎兵隊の隊長は目の前で起こった悪夢のような光景に血の気を失った。水晶のような肉体を持つ魔族が槍衾に自分から入っていった瞬間、血煙と共に数十人の騎士が吹き飛んだのだ。


 「バ、カ…な…。」


 王国軍の騎士に支給される武装は前回の戦争よりも充実している。奴隷にしたドワーフを酷使することで装備を揃えた結果だ。鈍器かそれに準ずる武器で戦いたがるドワーフだが、多くの者が高度な鍛冶技術を修めているので武器の質はどれも良い。

 よって今回の戦争に持ち出した武装は全てドワーフ製の一級品である。にもかかわらず魔獣の鱗をも貫く槍の穂先はウンガシュの肌に掠り傷一つ付けられず、弩の矢弾を弾く鎧は紙のように斬り裂かれていた。これを理不尽と言わずに何と言えばいいのか、彼には解らなかった。


 「た、隊長!我々はどうすれば…」


 騎兵隊の副長が駆け寄って当然の質問をしてくる。そんなものはこっちが知りたいと怒鳴ってやりたかったが、それをこらえて頭を動かした。騎士団が突撃するタイミングは方陣の内側で指揮しているの団長が下す予定であった。しかしこの状況では仮に生きていたとしても此方に命令を下す余裕は無いだろう。故に騎兵隊の隊長は、彼の判断で声を張り上げた。


 「ッ!友軍を見捨てる訳にも行くまい!敵は旋回中だ!この隙に一発かましてやるぞ!付いて来い!」

 「りょ、了解!」


 王国の騎士団は団長の命令以外で撤退することは出来ない。敵前逃亡は死罪なのだ。団長の生死が不明の今、騎兵隊の隊長に下せる決定はこれしかなかったのである。

 とは言え、魔族達は再度突撃を敢行する為に旋回しているのは本当の事。つまり奴らは隊列を整えている最中であり、非常に無防備な状態と言える。その隙を突こうというのは堅実な判断と言えるだろう。しかし彼らの前に新たな影が立ちふさがった。


 「はっはっは!私の名はシャルワズル!魔王軍が第三軍を率いる魔将である!この名を魂に刻んで地獄へ逝くがいい!」


 それは台車に乗っていたシャルワズル達第三軍の者達だ。その中で海魔族のように陸上でも足の速い者達が、騎兵の前に躍り出たのである。

 シャルワズルは馬蹄の音にも負けない大音声で名乗りを上げると、何処からともなく一本の蒼穹の如き美しい三つ叉槍を構える。それはケグンダートの斧槍と同じく身体の一部を変形させた生体武器だった。彼の場合は腕の鰭を使っているのでケグンダートやウンガシュの皮膚ほど硬くはないものの、非常にしなる上に強力な毒が染み出す優れものである。


 「構うな!踏み潰せ!」


 しかし一度走り出して速度が乗った騎馬を急停止させることは出来ない。何にせよ後には引けないからには意地でも目の前の魔族を突破せねばならないのだ。半ば自棄になっている騎兵隊の隊長は数秒後の激突に突撃槍を合わせる事だけに集中していた。


 「はっはっは!食らえぃ!」


 まだ衝突には早いのに、シャルワズルは三つ叉槍を突き出す。するとその先端から高圧水の刃と雷撃が無数に放たれるではないか。海魔族は水と雷の魔術を自在に操る。その長となれば魔術の威力は高位の悪魔にも匹敵するのだ。

 騎兵隊はこの一撃で致命的な打撃を受けた。先陣を切る隊長が黒こげになっただけでなく、前衛が全滅したので倒れた騎士と騎馬の死体で後続が転んでしまったのである。落馬した時点で死亡する者や骨折する者が後をたたず、何とか止まれた中衛から後衛達も騎馬の最大の長所である突進力を失ってしまった。


 「よし!後は片付けるだけだ!皆の者、蹂躙せよ!」


 シャルワズル達魔王軍第三軍が生き残った騎兵隊に襲いかかる。ただ、もしかすると事故死した方が良かったかもしれない。何故ならその戦いは、王国軍の歩兵と第一軍のそれと同じかそれ以上の一方的な殺戮であったからである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る