第124話炎の魔術師 其の一
獣人の軍勢がファーナムに侵攻する直前、ザインはケグンダート率いる第二軍と共に王国との国境にある森に潜伏していた。今は一刻でも早く施設を制圧したい所だが、ここまでの強行軍で魔族と言えども流石に疲労がピークに達している。戦争前の最後の休息を取っているのだ。
アンネリーゼの使い魔によって遠く離れた場所で起こっている事をリアルタイムで知ることが出来る情報力は素晴らしいアドバンテージだ。結界が張られている研究所の内部は無理でも、上空やギリギリまで近付けば目視によってそれなりの情報は集まるもの。休息中、ザインとケグンダート、そして彼の部下の主だった指揮官はアンネリーゼから研究所について説明を受けていた。
「…と、これが調査の結果です。内部も調べられれば良かったのですが、力及ばず申し訳ありません。」
「いやいや、敵の配置に建物の構造と正確な位置。これだけ情報があれば十分だ。」
「そうだな。それと確認しておきたいんだが、抜け道の類は無いってことでいいのか?」
「ええ。周辺は地面の下まで探りましたが何もありませんでした。」
王立錬金術研究所は堅牢な城壁こそ無いが魔術による防衛網が執拗なまでに敷かれている。接近する者に反応する警報に始まり、物理・魔術の双方を防ぐ結界や自動迎撃ゴーレム、さらに罠系魔術と見た目以上に攻略は困難と言えるだろう。
しかしながらここを攻めるのは蟲人ケグンダートの魔王軍が第二軍だ。確かに魔術による防衛は非常に堅固なものだが、致命的な欠陥が一つだけ存在する。その欠点を突くことが出来る彼らからすれば攻略は大したことでは無いのだ。
「よし。ではそろそろ仕掛けるとしようか。手筈通りに行くぞ。」
「ああ。施設襲撃はケグンダート、被検体の拘束は俺だな。『白炎』は…賭けに勝った方の獲物だ。」
「うむ。第二軍、作戦開始。」
「はっ。」
第二軍の指揮官達は気負うでもなく自然体で持ち場に戻っていく。やる気が無いのではなく、粛々と作戦を実行する武人であることをザインは知っている。背中を預けるにここまで頼もしい味方はいないだろう。ザインも己の役割と目的を果たすため、行動を開始した。
研究所において、最初に異変に気付いたのは見張りの一人であった。十人近い錬金術師を竜が殺したという非常事態に、兵士たちは皆何時になく真面目に働いている。故にほんの少しの違和感をいち早く察知出来たのだ。
「雲…じゃない!何だアレ!?」
彼が見たのは此方に近付く真っ黒な靄であった。耳障りな音を伴う空を埋め尽くさんばかりの蠢く靄。農家出身の彼はその正体も見破った。
「虫だ!虫の大群だ!」
彼が連想したのは幼い頃に一度だけ発生した蝗の大群である。麦も野菜も食い尽くし、人間にまで噛み付く変色した蝗はその単純な数の暴力によって蹂躙した。だが今彼の目に映るのは蝗などよりも数倍巨大な虫達であり、それらが狙っているのは穀物ではなく自分達であることに気が付いたのは、虫達が結界に正面から突っ込んできた時だった。
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