第120話泥沼の攻城戦 其の二

 城壁の上での戦いは熾烈を極めた。それは以外にも獣人が苦戦したという意味である。城壁の上という狭い通路では数の意味が無く、個の力量で圧倒できる獣人が有利なはずだった。しかし、城壁の兵士達の執念は凄まじかった。前の仲間が殺されたと悟った瞬間に仲間ごと地面に突き落とそうとしたり、人間の死体を積み上げて通路に即席の壁を作ったりしたのである。


 「怯むな!何としてもここで抑えるのだ!」

 「うおお!死ねぇぇ!」

 「亜人どもが!塒に帰れ!」

 「…蛮勇だな。」


 悪態をついて戦意を保つ人間の突撃を、ムジクは呆れ気味にそう切り捨てた。人間の鮮血で真っ赤に染まった彼は煩わしそうに腕を振る。量産品の粗悪な防具などそれだけで紙のように切り裂かれ、兵士は次々と致命傷を負って骸となっていく。必死な気持ちも解らなくは無いが、もう少し実力差を弁えて無駄な抵抗をしてほしくないものである。


 「ぬぅぅ!ここは通さぬぞぉ!」

 「ッ!ようやく骨のある相手が出て来たな…。」


 東門の開閉を操作する塔を目前にしてムジクは何者かに殴られかけた。下手人は頑丈そうな全身鎧に身を包み、身体の大半を隠す大盾と身の丈ほどもあるメイスを振り回す騎士であった。恐らく指揮官なのだろうが、自分が出なければどうにもならないと思って前線に出てきたらしい。

 巨大な武器を軽々と振り回す膂力と重厚な防具の堅牢さは侮り難い。先ほどの一撃も回避ではなく防御を選んでいれば最悪殺されていたかもしれない威力であった。この男が現れると同時に兵士の顔が明るくなったことから、彼の強さは周囲の兵士に信頼されていることが解る。ならば逆にこの男さえ倒してしまえば兵士の志気は一気に殺がれることだろう。


 「コイツは俺が殺る!お前らは門を開けろ!」

 「了解!」

 「行かせると思うてか!」


 重装の騎士は命令に従って彼の脇をすり抜けようとする獣人の前に立ちふさがる。しかしムジクの全力の蹴りが大盾ごと彼を押し戻した。その隙に獣人達は塔への侵入に成功したので、東門が開くのも時間の問題だ。


 「これでここの門は開く。降伏してはくれんか?」

 「降伏だと!?舐めるでないわ、獣人め!貴様を殺した後、塔に入った者共も成敗してくれる!」

 「そうか…ならば己の選択を後悔して死んでいけ。」


 説得を諦めたムジクは躊躇なく騎士に襲いかかった。ムジクは一歩で間合いを詰めると、低い姿勢からアッパーカットのように爪で斬り上げる。しかし、鋼鉄でも楽に切り裂くはずのムジクの爪は盾に弾かれ、掠り傷すら付けることは出来なかった。


 「む!この硬度は…魔具か!」

 「ぬえぇぇい!」


 ムジクの一撃を防ぎきった騎士は、思い切りメイスを振り下ろす。ステップによって軽やかに避けたムジクだったが、メイスは叩きつけた床を普通では考えられないほど広範囲に陥没させた。


 「武器も魔具なのか。どうやら貧乏くじを引いたらしい。」

 「ふははは!我が名はヨハン・ワイゼルン!この名を恐れ、地獄へ落ちるがいい!」


 ヨハン・ワイゼルン。彼は大鷲の勇者オットーの仲間であり、あらゆる攻撃から仲間を守護する『鎧城門』の二つ名を持つユリウス・ワイゼルンの叔父に当たる猛者であった。そんな人間の中でも上位の強さを誇る男を排除すべく、ムジクは油断なく拳闘の構えを取るのだった。

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