第119話泥沼の攻城戦 其の一

 夜間における獣人の咆哮は、獣人や貴族達が予想していた以上に民と兵士の精神を削っていた。包囲されているという極限状態で、敵意の籠もった獣の声が一晩中聞こえるのだ。心の弱い者でなくとも、限界に達するのは無理もないだろう。人々は先日の失態を挽回する機会を求めていた守備隊長の無謀な突撃命令に従いたくなる程に追い詰められ、自棄になっていたのだ。

 故に突撃に参加するのは守備隊だけでは無い。平民や貴族の私兵でも発狂寸前の者達が挙って加わったのだ。そうして五日前の死傷者を数だけは補う事が出来たのである。




 「突撃ィィィ!」

 「「「うおおおおおお!!!」」」


 守備隊と志願兵は鬨の声を上げながら目を血走らせて特攻を仕掛ける。予定外の戦闘になった獣人達だったが、ムジクはこれをむしろチャンスと捉えた。城壁を見れば人質を取っている兵士の困惑と怒声から、この突撃が誰かの独断であることを看破していたからだ。


 「百獣長!二番から十番は乱戦に持ち込め!連中を矢の盾にしろ!一番は俺に続け!城壁を奪う!」

 「「「りょ、了解!」」」


 予想外過ぎて奇襲のような正面突撃に怯んでいた古参兵部隊だったが、ムジクの指示によって我に返った。そして冷静かつ忠実に動く精鋭へと戻ることが出来たのである。

 二番から十番、即ち古参兵部隊二千の内千八百は城門の目の前で人間達と激突した。圧倒的なまでの数の差に人間達は勝利を確信していたが、蓋を開けてみると戦況は真逆であった。理由は明白で、烏合の衆である彼らには連携も何もなかったからだ。連携と言える戦法を用いるのは守備隊の兵位なもので、数の利が全く活かしきれていない。しかも無駄に数が多く、同士討ちを恐れて城壁からの援護射撃がほとんど無かったことも大きい。戦いは最後まで獣人有利で進んでいった。

 そしてムジク直属の一番隊は、なんと城門から内部に侵入した。もちろん激しい抵抗に逢ったが、古参兵部隊でも精鋭揃いの一番隊はそれを強引に強行突破。城壁の上に続く階段を駆け上がった。


 「獣人だ!迎撃しろ!」

 「き、貴様等!こいつらがどうなってもいいのか!」

 「ひっ!」


 兵士は咄嗟に人質にしていた獣人を盾にする。それはやせ細った兎獣人の少女であり、その眼には恐怖が浮かんでいた。


 「その子を殺してみろ。痛覚を持って生まれた事を後悔させてやる。」

 「ううっ…!」


 そんな兵士に対してムジクは至って淡々と、そして驚くほど冷たい声を発する。嫌でも彼が本気だということが伝わってくるのだ。その明確な怒気と殺意に兵士は竦んでしまった。


 「ちっ畜生がぁああっ!」


 そう叫んで少女の首を掻き斬ろうとした兵士だったが、それが叶うことは無かった。何故なら皆の注意がムジクに集まっていた間に、犬獣人の副官が忍び寄って兵士の喉笛を咬み切ったからだ。


 「クソッ!総員、抜剣!」


 人質を盾にしたところで意味がないと悟った指揮官風の男は肚を括って剣を抜くと、それに続くように兵士達も各々の武器を構えて迎え撃つ。自分達が敵を抑えられなければ、城壁伝いに全ての門を解放するだろう。そうなれば外で攻める隙を窺っている獣人達が雪崩を打って押し寄せて来る。それではこのファーナムは獣人の手に堕ちてしまう。友を、恋人を、そして家族を守るために兵士達は決死の覚悟でムジク達と対峙するのであった。

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