第118話幕間 初戦後-獣人サイド-

 獣人によるファーナム包囲から五日目、相変わらず命令通りに北門を封鎖していた。人間が吊している同胞達をすぐにでも助けたい気持ちはあるが、北門の戦力だけで街を陥落させられる道理は無い。自分の部下だけは絶対に故郷へ帰すという誓いを果たすべく、感情を捨てて堪えていた。

 そんなムジクの下に、放った斥候からの無視できない情報が舞い込んできた。それは人間の騎士団が接近しているという報告である。獣将達の見積もりよりもだいぶ早い到着だ。このペースならば今日の昼には目視できる場所まで来るらしい。これではファーナムを陥落させるどころか、ヘタをすれば騎士団に無駄な消耗を強いられる事になる。


 「獣将にも報告しておけ。それと今日は確実に戦いになる。何時でも動けるようにしておけ!」

 「「「はっ!」」」


 ムジクは配下の百獣長たちに激励を飛ばすと、騎士団がいるであろう北方を睨む。五年前、名だたる獣人の戦士を悉く斬り捨てたのは勇者とその仲間だった。騎士など毒と空腹で弱り切った戦士にも苦戦する程度でしかない。接近する人間の集団に勇者が居る可能性は高く、それに上手く対処しなければ今回も敗北するに違いない。若い獣将がそれをどう考えているのかは知らないが、小手先の技でどうにかなるなどと甘く考えていないことを祈るばかりであった。


 「ん?これは…」


 そんなとき、ムジクはファーナム内部からの妙な音と臭いに気が付いた。それはガチャガチャという金属の擦れる独特の音と、数千を超える人間の体臭である。つまり、門のすぐ側で人間が兵力を集めているのだ。

 騎士団の到着と共に兵士が打って出ることは想定の範囲内ではある。王国の騎士は面倒と思う程度には強いが、それでも確実に勝てる位には種族的な差があるのも事実。故に圧倒的な数の力こそ人間の最大の武器なのだ。


 「もう挟撃の準備とはな。指揮官は少々焦り過ぎだろう。こちらとしては有り難いな。」


 ただ、騎士団がやってくるのは早くても五、六時間後だと聞いている。挟撃は当然の策であるが、ここまで早く獣人に近付くのは不用意だ。何故なら獣人の優れた聴覚や嗅覚を以てすれば相手の人数や軍の構成、持っている武器の種類や個人の練度、果ては指揮官が誰かまで察知可能だからだ。

 獣人の奴隷が多いファーナムならば知っていそうな事なのだが、事実として敵はすぐ側まで来ている。相手がそれを知らない無能なのか、はたまた思いもよらぬ奇策があるのか。情報が少なすぎてムジクには判断しかねるが、警戒を怠るという選択肢だけは無い。


 「耳と鼻が利く者は門の向こうの連中に注意を払え。今の内に敵の手の内を…なに!?」


 ムジクが驚いたのも無理はない。あと数時間は開く訳がない門が上がり、動く訳がない人間の軍が打って出たのだから。


 「突撃ィィィ!」

 「「「うおおおおおおお!!」」」


 ファーナム攻城戦の戦端は、防衛側である人間の突撃という意味不明な攻撃から始まった。獣人にとっても、ファーナムの民にとっても、そして騎士団にとっても混沌とした戦争の第二幕が上がった瞬間であった。

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