第108話魔軍の策謀 其の二
「獣人が進軍すれば…こう。南部にいる王国軍と辺境貴族は必ずここファーナムを拠点にする。あそこは城壁も高くて分厚いし、立地敵にも獣人の縄張りから一番近い。五年ほど前の獣人との戦争でもここは橋頭堡として利用されたからそれは確実だ。」
ザインはナイトを北東に上げると同時に王国南部のポーンをファーナム付近に集結させる。チェスの駒であるが故に獣人を表すナイト二個に対して王国南部のポーンは三個。現実的な兵力差はこの程度ではないだろう。
「鬱陶しいことに王国の兵士は他の小国に比べて強い。所詮人間の枠から出てはいないが、堅牢な城壁と数の差で時間稼ぎは普通に出来るだろう。そうしている間に…」
ポーン三個とナイト二個がぶつかっている場所に、ザインは王都にあったクイーンを移動させる。
「勇者が来る。俺は勇者の戦う姿を見たことはないが、剣闘士の仲間は口を揃えて言っていた。あれは化け物だとな。アイツが来れば戦の結果は前と同じになるだろう。そこで…」
ザインはクイーンをファーナムと王都の丁度真ん中辺りに戻すと同時に黒いクイーンの駒を王都に設置する。そして王都にあった白いキングを倒してしまった。
「勇者が南部に到着する前に王都を襲撃する。そして王城の占拠と王族の拘束を迅速に行った後、意図的に勇者にその情報が伝わるように仕向ければ勇者は必ず王都に戻る。いや、戻らざるを得ない。」
「何故だ?それなら北部の兵が…むっ!」
怪訝な顔をしていたシャルワズルだったが、そこでザインの謂わんとする事に察しがついたようだ。彼は地図上の中央付近、すなわち大森林と山脈を見ていたのだ。
「そこでエルフ・ドワーフの示威行為が利いてくるとうことか。」
「そういうことだ、ケグンダート。攻めてくるかもしれないと思わせるだけで十分な牽制になる。ついでに言うと王国では王都直近に領地がある貴族は戦時の徴兵が緩い代わりに一定数以下の私兵しか抱える事を許されていない。だから占拠した後、周辺貴族が解放することは不可能に近いな。」
「北部の騎士団の一部が中央に向かう事は無いのか?」
「兵力の分散なんて愚策に走るような阿呆はいないさ。そうなればエルフやドワーフも本気で攻勢に出るだろうからな。…だが、これでもまだ足りない。確実に勝利するにはまだ詰めなければ。」
この戦争は現魔王軍の初外征にして世界征服の手始めとなるこのイーフェルン大陸制覇の第一歩。そしてザインの宰相としての最初の大仕事だ。絶対に敗北は許されないのである。
「そこで、此方から打って出つつ獣人の援護も並行して行いたい。アンリ。」
「では、改めましてここからは僭越ながら私がご説明させていただきます。地図上の赤い印がお分かりいただけるでしょうか。」
それはこの地図を見た者ならば誰でも気が付く事だろう。ここに注意すべき何かがあることを示しているのは明白だ。
「これらはすべて王国の魔術研究施設と砦です。砦はともかく、研究施設には最低でも百人からの魔術師が常駐しております。」
「多いな。王国は人材豊富ということか。」
「そうとっていただいて構いませんわ。戦争で猛威を奮うだけの魔術師は一施設に多くても三人いるかいないかですが、無視できない戦力であることは確かです。そして…」
アンネリーゼの使い魔はピョンピョンと跳ねながら地図上を移動し、王国と魔王領の境目辺りに着地する。そして嘴であの忌まわしい施設をつついた。
「ここ『王立錬金術師研究所』は特に注意が必要な施設でしょう。ここには多くの奴隷兵と王国の錬金術師が生み出した多数の混合獣がおりますので。」
奴隷、という文言にギドンとフューが憎しみに顔を歪める。その中に己の同胞がいることを悟ったのだろう。アンネリーゼは自分の仕事が終わったとばかりに飛び上がると、ザインの肩に留まった。
「魔王領の目と鼻の先に…ん?もしや、その場所は…!」
「気付いたか、ケグンダート。そう、そこはかつての俺の故郷があった場所だ。」
ケグンダートは鉤状の爪が音を立てるほど拳を握り締め、外骨格が膨張するほどに全身の魔力を活性化させている。ケグンダートは激怒しているのだ。彼にとって旧マンセル村の住民は苦楽を共にした同族にも等しい者達である。彼等の故郷を蹂躙されて気分が良い筈がないのだ。仲の良いシャルワズルですら見たことの無い不穏な雰囲気を漂わせる彼に掛ける言葉を持つ者は誰もいなかった。
「…話を戻そう。それに加えてこの施設には勇者の仲間の一人が来ているという情報も掴んでいる。守りは非常に堅いが、だからこそ落とすことが出来れば王国は戦力を南に集中させることなど考えられなくなる。むしろ中央から援軍を要請することもあり得るだろう。」
「なるほどな。王国そのものを包囲する、というコンセプトはわかった。だが、この作戦は攻撃のタイミングが重要になるな。」
シャルワズルの意見はザインも考慮していた部分だ。もし勇者が獣人との戦争に出征するよりも早く魔族の侵攻を知れば、此方に来る可能性も高いからだ。
「その辺りは私を信用していただきたいですわ。」
「それとさっきも言ったが南部の獣人に援軍を送ろうと思っている。そうすれば予想以上に勇者の南進が速くとも圧し負けることは無いだろう。…どうでしょうか、魔王様?」
これがザインの王国包囲作戦の大まかな流れである。魔将達は居眠りしている一人を除いて乗り気なようだが、あくまでもこの軍は魔王の所有物であり侵攻の決定権は魔王にある。もしこの作戦が気に入らないのならば別の策を講じる必要が出てくると、ザインとしてはお手上げ状態になってしまう。
「ザインちゃんって意外と軍師っぽいことも出来んだね。やんややんや!作戦ね、いいよ。それでいこうか。面白そうだし。」
「…軽いですね。」
神妙な面持ちで裁可を待っていた自分が阿呆のように思えるほどあっさりとザインの戦略は通ったのだった。
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