第100話宝玉の将 其の二
つつがなく終わったとは言えない魔王との謁見の後、ザイン達は城内の客室に案内された。一人に一室が与えられたのだが、自然と彼らはザインの部屋に集まっていた。ザインの客室には既にブケファラスとアメシスが待機している。恐らくはあの家令が連れてきてくれたのだろう。ここ数日で打ち解けたのか、ブケファラスは威嚇しなくなった。良い傾向である。
「ザイン…すまぬ!」
「そうですよ!ザインさんはこれじゃあ人柱だ!」
ギドンとフューは開口一番に沈鬱な顔でザインに頭を下げた。彼らは自分たちの種族を盾に取られたからであると勘違いしているのだ。故にザインは笑って否定して見せた。
「気にしないでくれ。復讐が出来ればその後の職が見つかったと思えば良い話さ。どっちにしろ引き受けていただろうしな。」
「し、しかし…!」
「むしろアンタ達は喜ぶべきだ。俺はドワーフにもエルフにも大きい借りがある。そんな相手が魔王の側近になるんだ。コネとしてこれ以上の人選は無いだろ?そんな先のことより、問題は明日だ。あのウンガシュとかってのを倒さなきゃならねぇんだからな。」
「おう、それよ。魔王は人間の流儀がなんだと言っとったが、ありゃどういう意味じゃ?」
「ああ、簡単な話さ。色々と周到な準備をしろってことだ。そのために…って向こうから来てくれたな。開いてるぞ。」
ザインは足音から誰が来たのかを察知しており、ドアがノックされる前に入室を促した。向こうも察知されていることを知っていたのか躊躇いなく扉を開けて入ってくる。
「ザインよ、迷惑を掛けるな。」
「我らが同僚の無礼、謝罪させて欲しい。」
案の定、訪ねて来たのはケグンダートとシャルワズルだった。ザインは別段気にしていないので二人の謝罪など不要なのだが、後ろめたい気持ちがあるならザインにとっては好都合だ。なんせ彼ら二人は明日の模擬戦における完全勝利のキーパーソンなのだから。
「いや、気にしていませんよ。ケグンダートさんの仰った『俺の力を見せ付ける日』が来るのが早くなっただけですから。」
「しかし…わかった。その代わりといってはなんだが、明日の模擬戦で汝の入り用な物があれば何でも言ってくれ。」
「そうだな!私達の罪悪感を減らしてやると思って気兼ねなく言うのだ!」
「…何でも、か。二言はありませんよね?」
協力の言質を取ったザインは、まるで悪戯っ子のような笑み見せた。ただ、ザインの頭の中では可愛い悪戯などという甘っちょろいことを考えている訳ではないことだけは確かである。魔王を彷彿とさせるザインの笑みに、他の四人の背中には寒気がする思いだった。
「では、二つほど。一つ目は明日の模擬戦で俺に協力すること。そしてもう一つは巨人族の魔将と俺を引き合わせることです。」
「む?協力、とは?まさかとは思うが我らのどちらかに代理として戦ってほしいということか?だがそれは…」
ケグンダートが訝しむのも当然だ。明日の模擬戦で魔族達が期待しているのはザインの力量を見ることである。強者に畏怖し、従属することは魔族の本能。だからこそ、代理を立てて勝ったとしても納得する魔族など皆無に決まっている。
「もちろん、矢面に立つのは俺一人です。ですが、魔王様がお望みなのは『人間の』やり方の見せることと『戦争のつもりで』臨むこと。それを実践するだけですよ。あなた方の協力、そして巨人族の魔将。それが重要なのです。」
不敵に笑うザインが何を言いたいのか、魔族たる二人にも理解出来なかった。その原因は価値観の相違に他ならない。困惑顔を見合わせた二人は納得行かない思いを抱えつつも、ザインを巨人族の集落へ案内するのだった。
その日の夜、ザインは久々にベッドの上で横になっていた。同室のアメシスは少し離れた場所で既に眠っており、ブケファラスはザインの腹の上で丸まって尻尾を揺らしている。
「巨人族は話が解る相手で良かったな。これで最低限の準備は整ったか。」
「貴方がウンガシュとやらに勝てなければ全てが水泡に帰しますが。その点を心配する必要は無いので?」
「さて、どうだろうな。一合受けただけだが、アレは強い。一対一のガチンコ勝負…闘技場の形式なら勝ち目は五分ってところか。」
ザインは謁見の間での一幕を思い出す。ウンガシュの重く鋭い一撃は、ザインをして押し返すことが不可能であった。しかも腕を守護する鱗にヒビをも入れられている。単細胞の脳筋と侮っていい相手ではないのだ。
相手を高く評価しているにもかかわらず、ザインの顔には笑みが浮かんでいる。個人の武を誇りとする魔族にとって、明日の模擬戦は良い薬になるだろう。
「だからこそ、徹底的に屈服させる為の準備をしたのでしょう?」
「そうだ。魔族共に教えてやるさ。人間の、いや人竜の流儀ってやつをな。」
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