第101話宝玉の将 其の三

 晶魔族の集落となっているとある洞窟。その最深部から届く固い物で肉を打つ音は、洞窟全体に反響していた。その原因は族長であるウンガシュによる憂さ晴らしである。彼は野生のワイバーンを生け捕りにし、それをザインと見立てて殴りつけていたのだ。


 「クソッタレェ!どいつも、こいつも!ワシをナメ腐りおって!このボケがァ!」


 ウンガシュがザインを憎たらしいと思うのは何もポッと出で自分の上位者に収まったからというだけではない。魔王への態度からもわかるように、彼は魔王への忠誠心などほとんど持ち合わせていなかった。そもそも彼は先代の魔王を討ち果たして魔王の座の簒奪を狙っていた野心家であり、その座を得た暁には人間や亜人といった軟弱な生物を殺戮して回るという野望を抱いていたのである。

 しかし、先代魔王はふらりとやってきた人間の魔術師に殺された。その魔術師はを殺せば魔王となれるかと思いきや、彼奴は悪魔王を召喚して果ててしまった。しかも先代を初めとする歴代魔王の遺骸に受肉した悪魔王は、正にウンガシュをして化け物としか形容できない存在だった。しかも魔王は己に匹敵する悪魔王を二人も召喚、受肉させて瞬く間に魔王領を支配したのである。自分に匹敵する戦士である先代にも仕えた魔将達はあっさりと従属を受け入れ、ウンガシュ自身も配下に収まる他に生き残る道はなかった。

 心中に燃える野心の炎を抱えながら鬱屈した日々を過ごしていたウンガシュに看過出来ない事件が起こったのは少し前のこと。何と悪魔王の一柱であるエルキュールが敗北したというのである。ウンガシュはこれを好機と見た。魔王領の外にいるエルキュールと敵対し、さらに勝利した者を味方に引き込もうと考えたのである。あまり頭が良いとは言えない彼には連絡する手段は当然無いし、その方法すら思い付けないので魔王領に来るまで待つしかなかったが。

 しかし、彼の思惑は最悪の外れ方をすることになる。味方にと思っていた人竜ザインは、弱者たる亜人と協力して人間の王国へ復讐するために魔族の力を貸せなどという世迷い事を言い出したのだ。そして魔族の長たる魔王セイツェルはそんな馬鹿馬鹿しい要請を承諾するばかりでなく、あろうことかザインを自分の側近として召し抱える事を決めたのである。

 ウンガシュは己の計画が余りにもお粗末であったことを棚に上げて、理不尽な癇癪を起こした。故に魔王に食ってかかったのだが、それ以上に許せないのはザインが己を侮辱したことである。味方に付けようと画策していた会ったことすらない相手に裏切られ、さらに打倒すべき相手の配下となることはまだしも、その上強者である自分を見下し、あまつさえ自分よりも強いと言ったことを許せるはずがなかった。


 「明日や。明日になればあのクソ生意気な小僧を殺れるんや。」


 そう言ってウンガシュは既に事切れたワイバーンに最後の一撃を打ち込むと落ち着いたらしく、死体の始末を下っ端に命じて眠りにつく。ウンガシュは遂に何の準備も策も用意しないまま模擬戦に臨むのだった。




 模擬戦当日、魔王城の隣に造られた闘技場には魔王領中から魔族が訪れて満員御礼の賑わいであった。朝起きてそれを見た時、昨日はなかったはずなので誰もが己の目を疑ったのはご愛敬だろう。それもそのはずで、なんと昨晩の内に魔王が造ったのだという。しかも魔術のみで造ったらしく、魔王の魔術に関する常識外れの技量を物語っていた。

 そんな新築ホヤホヤの闘技場の中央で、ウンガシュはイライラしながら対戦相手に待たされていた。約束の時間は昼飯時という曖昧なものであり、さらに魔王も自分用に設えた貴賓席にもいないので文句を言う所がない。彼は自慢の金剛石の肉体を軋ませてザインへの憎悪をたぎらせていた。


 「お・ま・た・せ。皆待った?」

 「ッ!?」


 ようやく魔王が姿を見せたかと思えば、対戦相手たるザインもまるで示し合わせたかのように同時に入場した。これがウンガシュの目にはまるで魔王は既にザインと結託しているかのように映ったことだろう。

 集まった魔族の大半は自分たちの王を見ることすら初めてなので、闘技場は熱狂の渦に包まれる。それ故にウンガシュがザインと魔王の結託している疑いについて糾弾する機会は失われてしまった。


 「んじゃ、ウーちゃんもザインちゃんも頑張ってね。」


 普段通りの軽薄な魔王に苛立ちつつも、ウンガシュは眼前の敵、即ちザインを殺気の籠もった視線を睨む。これから目の前の不愉快な余所者を始末出来るのだ。魔王への不快感など既に頭の隅に追いやられ、ウンガシュは戦いへの高揚感と嗜虐心に満ちあふれている。


 「よ~し!始め!」


 魔王セイツェルの宣言と同時にウンガシュは足を踏み出す。しかし、その歩みが直ぐに止まることを彼は知らない。ウンガシュの人生で最も屈辱的な一戦が始まった。

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