第81話故郷の変貌 其の三

 結局、ザインが近づけたのは施設から五百メートル地点が限界であった。エルフによって作られた服には様々な精霊魔術が付与されており、その中には隠密性を高めるものもある。しかしながらその効果も遮蔽物の無い、だだっ広い平原では意味を為さない。

 人間ならば、この距離では魔術を使わなければ内部の様子を覗き見ることは出来なかっただろう。しかしザインは竜である。肉眼で建物の窓から中で行われていることや机の上に放置された資料を盗み見、そして聞き耳を立てることで研究する魔術師の会話を盗み聞き出来た。

 そしてザインにはアンネリーゼと共有した魔術の豊富な知識がある。故にそのおぞましい内容が理解出来た。出来てしまった。


 「…こいつらは正気じゃない。」

 「ザイン?どういうことですか?」


 アンネリーゼもザインのただならぬ様子から事態を重く見たのか、彼女には珍しく恐る恐るといった呈で彼に尋ねる。そしてその口から飛び出したのは狂気の実験であった。


 「ここにいる奴隷はまず意思を奪われるらしい。アンリ。お前さんの精神干渉魔術の劣化版だな。」


 アンネリーゼの精神干渉魔術ならば、対象者に忠誠心を植え付けることも容易だ。意思を奪うだけというのは彼女の程の腕前が無いからだろう。しかし、彼らにとってはそれで事足りるのである。操ることが目的ではないのだから。


 「それで?」

 「連中は意思を奪った奴隷を二組に分ける。そのままでも戦える者とそうではない者にな。基本的に戦える者はそのまま従順な奴隷兵にするらしい。」

 「では、そうでない者は…どうなるのですか?」

 「材料になる。」

 「材料?」


 突拍子もないザインの答えに、アンネリーゼは始めは困惑した。だが、聡明な彼女は何を言っているのか理解出来てしまった。


 「まさか、混合獣を造っているのですか?亜人で?」

 「亜人だけじゃない。様々な魔獣やはぐれ魔族…それに…」

 「…人間まで?」


 ザインが言い澱んだのはまさしくそれであった。この実験施設では亜人はおろか、同族である人間すらモノのように扱われているのだ。復讐に燃えるザインとアンネリーゼですら、その狂気には嫌悪を抱いてしまう。


 「ん?あれは…荷車か?」


 人間の狂気に気圧されたザインだったが、研究所から出てくる荷車を目ざとく発見した。その中身を改めるべく、ザインは慎重に尾行を始めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る