第80話故郷の変貌 其の二

 グ・ヤー大森林を出発してから二週間が過ぎた。彼らは日中に王国北部の上空を移動し、夜は地上で休むというルーチンを繰り返して遂に旧マンセル村付近までたどり着いた。

 マンセル村は魔王領との境目に森が広がっているが、それ以外は見晴らしのいい平原しかない。それ故にザインはブケファラスを海上に待機させ、低空飛行して物陰に飛び込むと擬似表皮を展開して人間に化けた。


 「この姿も久々だな。」

 「なんだか懐かしく感じますね。」

 「やっぱりアンネからするとこっちの方が馴染みやすいか?」

 「ご冗談を。私はむしろ竜の姿の方がいいです。人間嫌いなもので。」


 ザインにとっては何気ない一言だったが、アンネリーゼは吐き捨てる様に言い放った。その時点で、ようやく彼は自分の失言を悟った。アンネリーゼは父親によって家族を殺されたことで人間そのものが嫌いになっているのである。

 記憶の共有によってそのことを知っていたはずのザインは、無神経な自分を恥じながらも気持ちを切り替える。アンネリーゼの情報通りならば必ずやザインにとって目を背けたくなる光景が彼の目に飛び込んでくるハズなのだ。他人の心配をしている場合ではない。ザインはアンネリーゼの使い魔と共にマンセル村だった場所に歩を進めるのだった。




 海辺から二時間程走った辺りの小高い丘の上から、ザインは目を細めて様子を窺う。今から行く場所は実験施設を兼ねた軍事拠点だ。様子見すらせずに近付くのは愚か者であろう。


 「やっぱりここから眺める位しか出来ないか…。それよりも、ハハッ。面影すら残っていないのか。」

 「あそこでは国王肝入りの実験が幾つも行われているそうです。ユーランセンは人体実験に興味が無いと言って参加していないので、実態は私も掴み切れていません。私にもどうにも出来ない魔術的な防諜が為されていますから。」


 ザインはマンセル村があったハズの場所がすっかり様変わりしていることに落胆を禁じ得なかった。在りし日のどこまでも続く黄金の麦畑は整地され、ゴチャゴチャした建物がひしめき合っている。

 煙突からは見るからに人体に悪影響を及ぼしそうな薄汚い緑や紫の煙がもうもうと上がり、ザインの鼻にまで突き刺さるようなすえた臭いが漂ってくる。また、魔王領との境界になっていた森も切り開かれて面積は半分以下になっている。これではルクスの住んでいた洞窟も暴かれているに違いない。

 生まれ故郷と思い出を土足で踏み荒らされたザインは、内側から沸々と湧き上がる怒りを吐き出すように深い溜め息をついた。あれほどの施設に侵入する技術も能力も持たないザインに出来ることは、限界まで接近して覗き見ることくらいだろう。ザインはエルフが作ってくれたフード付きマントを羽織って顔を隠すと、施設に向かって歩いていくのだった。

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