第72話森の支配者 其の二

 ギドンとフューを連れたザインは、外に出るや否やブケファラスに命令した。


 「さ、ブケファラス。元の大きさに戻っていいぞ。」

 「ワォーーーーーン!」

 「う、うわぁ!?」


 可愛らしい大きさだったブケファラスは本来の大きさ、つまり巨大なケルベロスとしての本性を剥き出しにした。その姿を既に知っているギドンはともかく、ブケファラスをザインのペット位に思っていたフューは腰を抜かしてしまった。


 「ギヴ殿はコイツの本当の姿を見るのは初めてか?そりゃあ驚くわな。ガッハッハ!」

 「俺を見た時よりリアクションが大きいな。」


 大笑いするギドンとどことなく不服そうなザイン、そして自分を見て腰を抜かしたフューなど無視して主に甘えるブケファラス。なんというか、非常識な面子に混ざってしまったフューは久々に故郷へ帰る機会であるにもかかわらず、今すぐにでも大使館に戻りたくなっていた。


 「よし。まずは大森林に向かおう。地図は頭入れてあるが、正確な案内はギヴ殿を頼りにさせてもらおう。」

 「はぁ…解ってますよ。それと、僕のことはフューでいいです。」

 「わかった。じゃあ俺のこともザインでいい。」

 「話は纏まったか?では、いざ向かわん!秘境、エルフの里へ!」

 「爺さんが一番張り切ってんな。」

 「お元気なのは、まあ、いいことでしょう。」

 「ワンワン!」




 暑苦しい爺様と二人の青年の旅は至って快適であった。ザインとフューは弓の達人で肉に困ることはなかったし、ギドンはその豊富な山の知識によってキフデス山脈の山菜を容易に見つけ出した。峻険な山道はフューには辛かったが、危険な場所はブケファラスが咥えて運んでいたので問題は無い。本人は生きた心地がしなかっただろうが。

 旅が順調だったとは言え、広大な大陸を東西に二分する山脈と森林を移動するのは時間がかかる。彼等がエルフの集落のそばまで着いた頃には、もう夏は終わって秋になっていた。グ・ヤー大森林の木々は常緑樹ばかりなので景観はほとんど変わらないが、一夜毎に寒くなるので季節の移り変わりをはっきりと感じ取れた。

 一方で、アンネリーゼとの情報共有も忘れてはいない。彼女は王都の情勢を逐一正確に報告してくれる。それによるとザインは死亡扱いになっているが、国王一派の情報操作によって英雄的に殉死したと喧伝されて一般に認識されているそうだ。さらに意図的に『ザイン・リュアス』という名前も広まらないように調整してある。一年と経たない内に熱心な闘技場のファン以外でザインを覚えている者がいなくするのが国王の目論見なのだとアンネリーゼは語った。

 そもそも地方には巡視騎士が任命されたことは伝わっていても、その名前がザインだということまで知っているのは相当な事情通だけらしい。地下に潜って活動するのならその方が都合がいいくらいだが、闘技場の仲間達が悲嘆に暮れているらしい。彼らを騙すことはザインにとっても望む所ではないので機会を見つけてフォローせねばなるまい。


 「おい、ザイン。気ぃ付いとるか?」

 「ああ。十人、か。手篤い歓迎だ。」


 王国の情勢について思考していたザインだが、周囲の警戒は怠っていない。彼らを取り囲むように息を殺す者達の気配をギドンも感じ取っているようだ。十人のうち半数は草木の陰に、もう半数は木の上からこちらを窺っていた。

 監視に気付かれた事を察したのか、地上にいた五人がザイン達の前に姿を現した。そしてリーダー格の男が油断無くザインを睨み付けながら誰何の声を飛ばした。


 「我らの森に無断で立ち入る不届き者共よ!貴様等は何者か!」

 「ぼ、いや、私はギヴ氏族のフュー。クゥ族のムル様から連絡が来ているはずです。」

 「む?では、この貴殿らは客人か。弓を降ろせ。」


 リーダーの後ろで弓をつがえていた者達は安堵したように警戒を解く。そのリーダーはザインへと握手を求めるように手を差し出した。


 「ようこそ、我らエルフの里へ。歓迎するぞ、友よ。」

 「ザイン・ルクス・リュアスだ。しばらく厄介になる。」


 リーダーはザインと固い握手を交わしすと、今度は部下に彼らの護衛を命じて散開させた。それだけではなく、三人の背嚢だけではなくブケファラスの背に載せた荷物までも運んでくれる。友情を何よりも重んじるというエルフらしい配慮であった。彼らの厚意に甘える形で、ザイン達はエルフの里について行った。

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