第71話森の支配者 其の一

 王国包囲大同盟が画策されてから三日後、ザインはドワーフの国を出発することになった。翌日ではなかったのは旅の準備だけではなく、ドワーフのお歴々との懇親会があったせいだ。ドワーフは本当に酒が大好きで、それはあの理知的な国王であっても例外ではなかった。一日を無駄にしたものの、酒の席で彼らとの距離が縮まったのはむしろ好都合かもしれない。

 ザインが通るルートは、まずキフデス山脈から北上してグ・ヤー大森林に向かい、そこでエルフから補給を受け、人目を避けてダーヴィフェルト王国北部の海上を経由して魔王領に入るというもの。この二日間でザインはキフデス山脈から大森林までの地理を頭に叩き込んだので迷うことはない。

 国王を始めとして、多くのドワーフが見送りに来たのは酒のおかげで打ち解けたからだ。ザインは出発直前まで同行するドワーフが誰になるのか聞いなかったが、大きな荷物を背負ってやってきたその人物に見覚えがあった。ギドン翁である。


 「おうザイン。儂がついて行ってやるからの!どうじゃ?大舟に乗った気がするじゃろう?」

 「爺さん、年寄りの冷や水って言葉を知ってるか?」

 「ガッハッハ!まだまだ若いモンには負けんわい!」

 「はぁ…なんで僕がこんな…。」


 ノリノリなギドンと心底嫌そうなフューの対比が何とも言えない。そんな部下をあえて無視したムルと世話になった人のはしゃぐ姿に苦笑するドワーフ王が、ようやく外に出られると知って足元を走り回るブケファラスを窘めているザインに近付いてきた。


 「リュアス殿、伝書鳩で貴殿の来訪は我が同胞に伝えている。」

 「ああ。何から何まですまないな。」

 「なに、君は同胞の友であり、何より協力することが我が同胞の解放に繋がるのだ。この位お安い御用さ。」

 「しかしそれもリュアス殿の交渉次第です。魔王相手でもその不敵さを失うことの無いよう、心掛けてください。」

 「忠告、感謝するよ。必ず魔王を動かしてみせるさ。例えどんな要求をされようとな。」

 「開門!」


 出発の時刻通りにザインが入国した時と同じように門が上がる。セメントで塗り固められた通路は、来たときとは違ってその出口まで魔術の灯り点っている。


 「行くぞ。」

 「ワン!」

 「応!」

 「はぁ…。」


 四者四様に意気込み、ザインは再び旅に出る。彼にとっては初めてとなる信用出来る仲間と共にする旅路であった。




 ザインに張り付けている使い魔から常に彼を眺めるアンネリーゼは、安堵の溜め息をついた。己が相棒と見定めた男は思い付きの行き当たりばったりな行動を取ったせいで危険な目に遭ったものの、それを有利な形に持って行った。ヒヤヒヤさせられる反面、そんな彼を見ているのはとても楽しい。それこそ一日の大半は彼を眺めて過ごしているくらいだ。


 「本当に面白い人。ふふっ。」


 アンネリーゼはザインと初めて会った庵でそう呟くと、王宮に来てから誰にも見せたことのない自然な笑みを浮かべていた。その理由が何なのか、どういう感情が成せる業なのか本人にも解ってはいなかった。


 「さて、もう行かないと。」


 今日は父である国王と共に勇者オットーと昼食をとることになっている。正直面倒だが、アンネリーゼに断る自由は無い。だが、そんな日々からも近い内に解放される。自分を閉じ込める籠を内と外から食い破るからだ。


 「それまではあなたのお人形でいて差し上げますわ、お父様。」


 アンネリーゼは鐘を鳴らして着替えの為に侍女を呼ぶ。その時の彼女は既に普段の無表情に戻っていた。そこには自由を渇望し、家族を奪われた復讐に燃える魔術師はいない。他の王族に爪弾きにされている、美しくも憂いを帯びる姫になりきっていた。

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