第70話友誼の証 其の三
エルフ族の大使館は彼ら用に新設されたようで、ザインの身長でも天井の高さは十分だった。特に内装の違いは顕著である。ドワーフは日用雑貨の殆どが金属か金属を加工したものだったが、ここにあるほとんどの日用品は木工細工だ。地中で暮らす種族と森と共に生きる種族らしい違いであろう。
ザインは物珍しさに好奇心が刺激されて、不作法と知りつつもキョロキョロと室内を見てしまう。竜として圧倒的な存在感を持つザインが興味深そうに色々なモノを眺める姿はどこか愛嬌があった。
「どうぞ楽にしてくれ給え。」
「ああ。有り難う。」
大使館の応接室のソファーに腰を掛けたザインとムルに飲み物が供される。それは爽やかな甘さが薫る果実水だった。エルフの故郷であるグ・ヤー大森林にのみ植生する果物を乾燥させ、水で戻した時の汁がこれであり、残った果肉は菓子にして食べるのだという。
一晩中酒ばかり飲んでいたせいか、ただの果実水が身体に沁みる。ザインは思わず一気に飲み干してしまった。微笑みながらムルはザインはマグカップに果実水を注いでくれた。ザインはばつの悪そうに苦笑しながら、今度は一口だけ飲んで体裁を保った。
「我が故郷の水が気に入って貰えたようで光栄だ。…改めて自己紹介をば。私はムル・デル・クゥ。エルフ族の全権大使をつとめている。」
「ザイン・ルクス・リュアスだ。さっきはアンタのお陰で助かった。でも、なんで味方してくれたんだ?」
ザインがその質問をしてくると予想していたのだろう。ムルは果実水で唇を濡らしてから述べた。
「昨日、私の部下が歌を聞いたのだ。エルフ族にのみ伝わる歌を、だ。」
「そうか。あれはエルフの歌だったのか。でも、それが何で俺の味方になることに繋がるんだ?」
「あの歌に使われている言葉はもう失われて残っていない。遠い過去に滅んだ文明で用いられた言葉なのでな。だが、曲名と込められた意味は今も語り継がれている。」
「それは?」
「『友』。あの歌は心を許した友と共に歌う、エルフ族にとっての友誼の証なのだ。エルフ族は何があっても友を裏切らず、絶対に信じる。だから私は君を支持したのだよ。」
「へぇ。そんな意味があったんだな。知らなかったよ。」
ザインは闘技場の仲間達に心の中で感謝した。彼らのお陰でどうにか事を上手く運ぶことが出来たのだから。
「所で、君はどこで我が同胞と友となり、あの歌を聞いたのだ?」
「ああ。俺は少し前まで闘技場で剣闘士として戦っていてな。そこの剣奴のエルフが歌ってたんだと思う。そこには獣人やドワーフ、人間もいてそれなりに楽しくやってたのさ。」
「そうか…。剣奴にされている同胞の名を教えてくれないか?」
「お安い御用だ。」
ザインは剣闘士の名前を全て覚えている。何年も同じ釜の飯を食った仲間なのだから当たり前だろう。ザインから剣奴として生きている同族の名前をメモにとったムルは溜め息をついた。
「そうか…それで全員か…。」
「残念そうだな。」
「すまないな。実は私の息子も行方知れずでな。生きていて欲しいが…。」
「王国を潰した後でじっくり探せばいいさ。気休めにもならんかもしれないがな。」
「いや、気を使ってくれて有り難う。ところで、君に同行する者を紹介するとしよう。」
そう言ってムルは机の上の呼び鈴を鳴らす。すると一人のエルフの青年が応接室に入ってきた。エルフは種族として非常に美形が多いのだが、彼は少し痩せ気味で肌は不健康な白さであった。彼は人竜であるザインの異形に驚きつつも平静を装ってみせた。
「お、お呼びでしょうか、ムル様。」
「彼はフュー・ルト・ギヴ。私の部下であり、優秀な精霊魔術の使い手でもある。足手纏いにはならないだろう。フューよ、こちらはザイン・ルクス・リュアス殿だ。」
「ほう?そりゃあ心強い。よろしく頼む、ギヴ殿。」
「は、はぁ。あの、このお方は?それに何の話をされているので?」
「うむ。先程の会議で決定したことなのだが、我らの友であるリュアス殿は交渉の為に魔王領へ行かれる。それを見届けるために君にはリュアス殿と共に魔王領へ行ってもらう。」
「…え?ええええええええ!?」
フューの素っ頓狂な声が大使館を震撼させた。
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