第49話暗殺の足音 其の一
ファーナンで傷を癒やしたザインは、子爵の屋敷で調査が無事に終了したとの報告を受けた。その報告を以て任務完了とみなした彼は、逃げるように街を発つことにした。その理由は討伐屋ギルドの執拗な勧誘である。
スカウト曰わく、下級騎士の給料は意外に少ないので副業として討伐屋ギルドの仕事をこなす騎士は多いのだという。嘘は言っていないようだが、自分達でどうにも出来ないアンデッドを滅したザインを取り込もうと必死なのだろう。
彼らの狙いは信用の回復だ。ザインのギルド加入の時系列をうやむやにして、アンデッド討伐時にはすでにギルドの一員だったことにする。そうすれば人々に討伐屋がアンデッドを滅ぼしたと大手を振って宣伝出来るからだ。ファーナンの討伐屋ギルドの長が自ら出向いただけでなく、なりふり構わず頭を下げたのである。
ただ、巡視騎士は国王直属の特殊な騎士だ。王国の機密に触れる機会もあるので副業の類は認められていない。そう言って何度もたしなめたが、討伐屋の連中は聞く耳を持たない。しかも言うに事欠いて貴族のコネを使って国王の許可が下りるように交渉するとまで言い出した。そんなことになれば国王は嬉々としてザインに反逆者の汚名を着せて処刑するに違いない。なんせザインの存在が王国で大きくなる前に殺そうと画策しているのだから。
そんなことがあったのでザインは逃げるようにファーナンを後にした。出発の直前、子爵親子に直接会って討伐屋ギルドに釘を差すようお願いするのは忘れなかった。ザインの願いを子爵親子は快諾し、笑顔で彼を送り出してくれた。
「子爵は約束通り、ギルド長にこれ以上の干渉させないように説得したわ。評判通りの公明正大なお方ですね。」
「同族には、な。ま、自分の為に同族すら食い物にする輩よりマシだがな。」
疾風の速度で街道を駆けるブケファラスの上でザインはアンネリーゼから子爵の動向を聞いていた。ザインもアンネリーゼも、当然のように子爵を信用していない。だから使い魔によって監視していたのだ。
「王都までブケファラスの足で一週間か。アンリ、俺の次の任務の情報はあるか?」
「ええ。次も辺境、大陸中央部にあるキフデス山脈に居着いたグリフォンの群を討伐することですね。」
「キフデス山脈…ってドワーフの住処じゃねぇか!土足で踏み入ったのがバレたら殺されるぞ。あいつらの人間への憎悪は根深いからな。」
「なんでも山の頂上付近に住み着いたグリフォンの群が王国側の村を襲って家畜や人間を攫って行くのだとか。」
「攫われた連中の末路は、想像したくもねぇな。」
グリフォンは鷲の頭と翼と前脚、獅子の胴体と膂力を持つ凶暴極まる魔獣である。獲物を生きたまま巣まで持ち帰ってそのまま臓物を食すという非常に獰猛で残酷な捕食者だ。ちなみにこの知識はアンネリーゼと共有して得たものだ。
「それで、俺にどうしろと?」
「その群れの巣を潰して欲しいそうですよ?」
「はぁ!?独力で!?無茶にも程があるだろ!」
キフデス山脈は峻険な山々が連なる秘境である。普通に登山するだけでも死者が出るほど危険で、ましてや人間を憎むドワーフの縄張りだ。いくら彼らが地中で暮らすといっても、人間に見えるザインの侵入がバレれば衝突は免れまい。
しかもグリフォンは舐めてかかってはならない魔獣だ。数年前、まだ炎すら吐けない頃のブケファラスが戦ったが、かなり苦戦を強いられたのをザインは憶えている。その群を一人で片付けろなど正気の沙汰ではない。
「なので今回は特別に同行者がつくそうですよ?それも二人も。キフデス山脈を登った経験のある案内人だそうです。けれど…」
「本業は別ってことか。確実に殺しにかかってるな。」
「『国王の剣たる巡視騎士は狂暴な魔獣の群を駆逐し、職務を全うするも力尽きて殉死した。』これが国王の描くシナリオ。このグリフォン騒ぎ自体が茶番のようですし。」
「相打ちなら敗北にゃならねぇってことか。それにしても、まだ二つ目の任務だぞ?焦りすぎじゃないか?」
「勇者を取り込むことに成功した国王にとって、ザインは既に用済みです。ゴミ捨てだけは早いんですよね、あの人って。」
アンリが何を考えているのか、ザインには大体察しはつく。掛ける言葉の見つからない彼は黙ってブケファラスを駆けさせるのであった。
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