第50話暗殺の足音 其の二

 ようやっと王都に戻ったザインだったが、城下の門前で待機させられたかと思えば良い身なりをした文官から次の任務を言い渡された。アンネリーゼの言ったとおりに案内人として押しつけられた男二人と共に早速出発する運びとなった。

 勅命を持ってきた文官によると、彼らはドワーフとの戦争時に補給要員として従軍した男たちで、当時はキフデス山脈を命懸けで駆けずり回ったそうだ。山脈の王国側はほぼ踏破したという今回の任務にはうってつけの人材である。

 せっかく借りたアパートに戻る暇すら与えられないことに不満はある。しかし至急の任務であるからには断ることも出来ないので、ザインは渋々王国の東の果てへと向かった。

 オイゲンとハッシュと名乗る二人組は旅の道中、甲斐甲斐しくザインの世話を焼きたがった。会話を盛り上げ、さり気なく所々に散りばめられたおべっかは相手の気分を良くするツボを上手く突いている。猜疑心が余程強いかザインのように相手の狙いを知っている者でなければ自然と信頼してしまうだろう。

 ザインは表向き騙されたように振る舞い、彼らの接待を享受した。快適であるのは確かであるし、常に変な素振りを見せたくなかったからだ。アンネと連絡が取りづらいかと思われたが、彼女は機転を利かせて使い魔にしたノミをザインの耳たぶに付けることで一方的なコミュニケーションは取ることが出来た。

 旅はというとブケファラスと同じ速度で普通の馬は走れないので、ファーナン行きと同じようにはいかなかった。彼らが拠点にする予定であるバルワ砦に到着したのは、出発してから一ヶ月後であった。


 「よくぞお越しくださいました、巡視騎士殿。私はこの砦の守備隊長、ルクルット・フォースと申します。」

 「ザイン・リュアスだ。しばらく厄介になる。」


 彼らを出迎えたのは四十過ぎほどの実直そうな男だった。鎧の上からも解るほどに隆起した筋肉と落ち着いた物腰、そして鋭い眼光は彼が経験豊富な戦士であることを物語っている。完全武装しているのはグリフォンの襲撃に即座に対応する為だろう。

 ルクルットは半分以下の年齢であるザインにも立場をわきまえて礼儀を忘れない好漢であった。部下の教育も行き届いているのかすれ違う誰もがザインに心の籠もった敬礼を送ってきた。十年前にマンセル村を襲撃したフーランベルンとは大違いだ。


 「被害は?」

 「ここから東で被害のない村はありません。具体的な被害数は牛が五頭、豚が八頭、羊が十八頭。そして人間が三十六人で、その中には討伐屋や私の部下も含まれます。」


 ザインが予想していたよりも被害は大きいらしい。そして相手がグリフォンと知っていて戦った討伐屋が返り討ちに遭ったのならば、それだけ強力な魔術を使える個体がいると考えて然るべきだ。


 「ひどいな。不定期に襲撃してくると聞いているが、グリフォンのサイズと魔術を使う個体の数を教えてくれ。」

 「一度に襲撃してきた最大数しかわかりませんが、その時の数でよろしいですか?」


 ザインは頷いて先を促す。


 「平均的な成体の雄が四頭と倍近い色違いが一頭。グリフォンは種族として単純な風の魔術が使えますが、一際大きな個体が使う魔術の威力は他とは別格でした。威力を具体的に申し上げると魔術に対する防御を付与された金属鎧を容易く切り裂くほどです。」

 「少な目に見積もっても十頭以上いる上に亜種までいる、と。忌々しい。」

 「討伐屋ギルドもグリフォンが群れるなど聞いたことが無いそうです。これは何かの前触れでしょうか…?」


 見た目とは裏腹に、守備隊長はジンクスなどを信じやすいようだ。そんな下らないことを考えるな、と言おうとしたその時、砦に伝令が早馬を飛ばしてやってきた。


 「伝令!イルン村にグリフォン来襲!数は二頭!ヤツではありません!」

 「すぐに出る!巡視騎士殿!」

 「解っている!オイゲン!ハッシュ!お前たちは足手まといだ!砦で待っていろ!」


 ザインは反論する間も与えずに、守備隊と共に砦を飛び出した。イルン村は軍馬の全力で一時間の距離らしい。義憤に駆られる守備隊の必死の形相に、ザインは複雑なものを感じるのだった。

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