第45話黒白の人竜 其の三

 ザインは己を恥じていた。決して距離を取られてはならない相手だと知っていたのに隙を見せるなど、大失態もいいところである。一瞬の油断のせいで、今窮地に立たされているのだ。


 「おお!速いですなぁ!」

 「クソが!何て密度だ!」


 ザインは空を飛び回ってエルキュールの魔術を何とか回避していた。エルキュールはマシンガンの如く青い火炎弾をばらまいてザインを牽制し、無理矢理近付けば青い雷で迎撃してくる。もう一度接近戦を仕掛けることは困難を極めるだろう。

 では、ザインも魔術で応戦すればいいと思うかも知れないが、それは無理な話である。エルキュール魔術を行使する速度も威力も尋常ではない。ザインが辛うじて対抗出来るのは得意の重力魔術くらいだ。それも悪魔の高い魔術耐性によって悉く弾かれている。今ザインが出来ることと言えば自分の周囲に力場を展開させて火炎弾を逸らすくらいだった。


 「ううむ、当たらぬか。これでは埒があきませんな。ならば…」

 「ザイン!逃げて!」


 エルキュールの掌に馬鹿げた量の魔力が集まっていく。アンネリーゼが思わず声を上げたのも当然で、彼が練り上げた魔力は一人の魔術師が生涯で生み出すソレの総量を遥かに超えていたのだ。

 しかしザインは逃げるどころか空中に留まった。彼には解っているのだ。ここが勝負の分かれ目だと。ここは退くのではなく、攻めることでこそ道が開けるのだと。よってザインは最後の切り札を使う決意を固めた。


 「受けて立ってやらぁ!クソ悪魔!」

 「おお、美しい!それが貴殿の、竜の息吹か!」


 ザインは限界まで口を大きく開け、体内で練り上げた魔力をありったけ集約・凝縮させる。するとザインの口内に小さな光の球が出来た。その球は魔力を糧に肥大化と圧縮を繰り返して、最終的にバスケットボール程の大きさになった。

 この小型の太陽めいた光の球こそ、ザインの、即ち人竜の息吹。これは元々ルクスの能力であったのだが、彼女の力を受け継いだ際に継承したのである。

 竜の息吹は、竜の特性によって様々に変化する。火竜ならば炎を、風竜ならば竜巻を、水竜ならば高圧水を吐き出す。ならば『白竜』ルクスは何を使えたのだろうか。


 「その熱量と輝き…貴殿は光を操る竜であったか!」

 「その通りだ。俺には似合わねぇがな。」


 エルキュールが看破した通り、ザインは、というよりルクスは光を操る竜であった。彼女のような白竜の息吹は火竜の炎に近い。白光する太陽の如き熱線は、あらゆる物質を瞬時に蒸発させる力を持つ。

 白竜の息吹は威力と射程距離、そして光線の速度でが火竜に勝っている。しかし、魔力の溜めに時間が掛かるという大きな欠点がある。故においそれと使うことは出来ないので、基本的な用途は遠距離からの不意打ちだとザインは理解していた。

 だが、相手も極大の魔術を練り上げるために時間が掛かる様子。この隙に懐に入って斬り殺すことも考えたが、それに対する備えが無い訳がない。ならば同じく発動に時間が掛かる秘奥で迎え撃つことだけが、勝利のためにザインに残された選択であった。


 「希少な白竜の、しかも聞いたこともない人型。どのような味わいか、今から楽しみですなぁ…。その様な珍味が我が輩の初めての竜肉になるとは。幸運と言う他ありませんな!」

 「勝った気になってんじゃねぇ!俺はこんなところで終われねぇ。だから…くたばりやがれ!」


 両者の魔力が極限まで高まりきったその直後、紺青の雷撃と純白の光芒が同時に放たれた。互いの最高の魔術は正面から激突した。

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