第44話黒白の人竜 其の二

 エルキュールが空中に飛び上がったのははっきり言って大失敗であった。空中戦は竜であるザインの独壇場だ。竜という種族にとって、飛行というのは息をするのと同じ位に自然な行為。飛行能力において竜を超える種族は数えるほどしかいない。

 一般的な成体の竜と同等以上の身体能力を持つにもかかわらず大柄な人間程度の体格しかないザインは驚くほど小回りが利く。死角から高速で接近しては斬り掛かり、離脱してから方向転換して再度死角に入る。単純なヒット&アウェイ戦法だが、単純であるが故に対応出来ない相手には有効だ。


 「ぬぐぐぐぐ…この我が輩がいいように手玉にとられるとは、何たる屈辱!」

 「知るかよ!フン!」

 「うおっ!?つ、翼が!」


 防戦一方のエルキュールは状況を打開すべく悪態を付きながらも魔術を使おうと意識を集中させていた。彼は魔力そのものを周囲に放って、その圧力でザインを吹き飛ばして距離をとるつもりであった。

 そんな魔術と言うのも憚られる単純な魔術すらザインは使わせない。魔力の活性化を見て取ったザインは阻止すべくエルキュールの翼を根元から斬り飛ばす。

 悪魔や竜にとっての翼は鳥類のソレとは用途が異なる。彼らは羽ばたいて飛ぶのではなく翼によって飛行魔術を直感的に制御しているのだ。翼のおかげで飛行能力と言えるレベルで飛べると言い換えてもいい。


 「お、落ちる!」


 そんな翼を斬られたのだからたまったものではない。飛行の制御を失ったエルキュールは為す術もなく墜落していく。ザインは翼をもがれて慌てるエルキュールの隙をついて首をはねんと剣を振りかぶった。ザインの斬撃にギリギリで気が付いたエルキュールは、とっさに腕を交差させて剣を受けた。

 剣を受ける直前に、エルキュールは皮膚を硬化させていたらしい。ザインの剣は片腕こそ斬り飛ばしたものの、もう片方の腕の中程で止められた。


 「悪魔ってのは何でもアリか、畜生!」

 「そちらこそ!竜とはこれほどの強者であるとは知らなんだぞ!」


 ザインは左の鉄鎚の先を手斧に変化させると、頭をかち割るべく振り下ろす。とっさに避けたエルキュールだったが、斧は肩口に深くめり込んだ。


 「ぐおああああ!」

 「いい加減死ね!」


 剣と斧でエルキュールを捕まえたザインは、しぶとい悪魔を下にした状態で落ちていく。空中で加速し、音速をも超える速度で地面に突っ込んで圧死させる腹積もりなのだ。

 それに気付いているエルキュールはザインを振り払おうと激しく暴れるが、竜の腕力から逃れることは出来はしない。二人は絡み合うように、しかし上下の位置が置き換わることはなく地面に激突した。


 「離れ…る…のだ!」

 「こいつ!まだ!」


 夜の森に土埃が舞い上がり、固い地面にめり込んでクレーターを作ったエルキュールだったが、まだ動く余裕があるらしい。凄まじい肉体の性能である。彼は剣と斧が食い込む腕と肩の肉を自分で焼き切ると、ザインを蹴り飛ばした。

 エルキュールを固定していた部分が無くなったザインは、まさか自分の身体を焼くとは思いも寄らなかったので、蹴られた衝撃で離れてしまった。そして距離が離れたということは、有利不利の関係は交代することを意味している。


 「いやはや非道い目に遭いましたぞ。さて、反撃開始と行きますかな。」


 エルキュールは右手から青い炎を、左手から青い雷を生み出す。闘いは竜の独壇場たる空中格闘戦から、悪魔の本領である魔術合戦に移行するのだった。

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