第37話死霊の鎧 其の二

 黒い獅子の獣人の少年、ガヴィ・アルマは、獅子の獣人の長にして、パシャール・グネの議長を務めたグエウ・アルマの息子。つまりは一族の後継者だ。このことを本人は知らない。教えられる前から奴隷にされたからだ。

 獅子の獣人である彼の一族は獣人の中でも最強の一角であり、事実として父グエウは比肩する者のいない猛者だった。そんな父の血が流れる彼だが、生まれた時から父以上の才能を持つと期待されていた。獣人や魔獣、魔族の間では『色違い』は亜種と呼ばれ、特別に強くなる傾向があるからだ。父は大いに喜び、一族もそれを盛大に祝福した。

 そして、王国との戦争が始まった。獣人に比べて人間は脆弱だ。鋼を切り裂く爪も牙も持たず、生半可な刃物を弾く毛も無い。しかも平均的な運動能力にも雲泥の差がある。人間が勝っているのはその頭数だけ。勝てる戦だと誰もが思った。

 しかし、それはこれまで国境付近の小競り合いしか経験してこなかったが故の甘い見通しであった。人間は驚くほど狡猾であった。川の水に毒を流し、森に火を放ち、常に数が物を言う平原以外ではまともに戦わない。しかも隠密に長けた者が後方の食糧を備蓄している村を焼いて回るので、戦士として戦えずに毒や飢えで死ぬ者が後を絶たなかった。

 業を煮やしたパシャール・グネの議会は総力を挙げての決戦を挑んだ。これ以上の消耗戦には耐えられないと判断した結果である。戦士たちが軒並み空腹であることと、彼我の数的不利という問題を抱えつつも、グエウ・アルマを総大将とした獣人の戦士たちは誇りと共に出陣していった。

 そして、ここまでが人間側の描いたシナリオ通りだったことを知るのは戦闘が始まってすぐのことだった。王国の本陣まで一気に攻め込ん彼らを待っていたのは、勇者たちだった。彼らは白竜から造られた純白の魔具を以て獣人たちを蹂躙した。

 さらに、勇者たちの待っていた本陣は囮であり、勇者たちに釘付けにされている間に王国の伏兵によって獣人の軍は完全に包囲されていた。囲いの薄い部分を強引に突破して全滅は免れたものの、多くの戦士が戦場に倒れ、敵に捕まった。その際、殿を努めたグエウは勇者相手に一歩も退かず、戦い抜いて壮絶な最期を遂げたそうだ。

 その後の王国軍の侵攻によってガヴィも連れて行かれ、奴隷となった。彼の素性を知る者が周囲にいなかったのは、子供のことを他の一族に話してはならないという風習のせいである。『色違い』の少年はただの獣人として他の者達と一緒くたにされた育った。

 しかし、不思議なもので物心ついた時から奴隷だったにもかかわらず、ガヴィは決して誇りを失うことはなかった。暴力や罵倒に決して屈することがない気高さを生まれ持っていたのだ。

 そんな少年の前に、一人の人間が現れた。魔獣ケルベロスを従えるその男は自分たちを自由の身にしたかと思えば、アンデッドの大群と得体の知れない鎧をたった一人で制圧せしめた。その尋常ではない強さに、少年は畏怖し、感動し、憧憬を抱いた。それは、彼が物心ついてから初めての感情だった。




 配下が指先一つ動かせなくなったにもかかわらず、鎧のアンデッドは全く動じない。魔術を使える剣士というのは珍しいがいない訳ではない。不要に相手を恐れて大きく見ることは無いのだ。

 いとも簡単にアンデッドの群れを無力化されたことには驚いたが、彼には同じ手でどうにかされない自信がある。魔術は魔力によって軽減、あるいは無力化できるからだ。

 後方にいた鎧はザインに歩み寄り、重力魔術の領域に足を踏み入れる。その瞬間に身体が急激に重くなったが、全身に魔力を纏うことで抵抗に成功した。無効化は出来なかったものの、普段よりも少し身体が重たい程度に軽減出来れば問題ない。


 「やっぱり魔力を扱えるんだな。」

 「当然ダ。今度ハ、此方ノ番ダ!」


 鎧の隙間から漏れ出ていたドス黒い障気が一気に噴出し、見る見るうちに二本の剣と化す。剣の表面もまた、鎧と同じく表面が流動的に蠢いていた。


 「ウオオオオ!」


 鎧は両手に持った剣をがむしゃらに振り回す。訓練の跡がまるで見られない幼稚な動きだ。ザインは大振りばかりの斬撃を容易く回避する。


 「おいおい、素人か?まるでなっちゃいねぇぞ!」


 ザインは懐に入ると、鎧の腋の下の隙間を斬る。魔力を込めると切れ味が増大する魔具は、鎧の下に着込む鎖帷子ごと本体を切り裂くはずだった。しかし妙なことに鎖帷子ごと中身を斬ったはずが、骨どころか肉を斬る手応えを感じない。


 「お前…?」

 「フン!オアアアア!」


 鎧はザインを追い払うように剣を振るう。ザインは技量も何もない斬撃をかわしながら、先程の感触を思い出す。文字通り空気を斬ったかのようだった。これではまるで鎧で出来た風船だ。


 「試してみるか。」


 これまでザインは相手が鎧を着込んだスケルトンやゾンビなどの割とポピュラーな魔族の上位種だと思いこんでいた。その認識が誤りかどうかを確かめるべく、彼は左手に力を込めた。


 「ドウシタ!?逃ゲルダケカ!」


 鎧は相も変わらず力任せに剣を振り回している。あんな使い方しか出来ないのなら鈍器を使った方がまだマシだ。ザインのように。


 「ヌゥ!」

 「…は?」


 ザインは攻撃の隙間を縫うように左手の鉄槌で鎧の兜を横から殴りつけた。甲高い金属音を響かせて兜はあらぬ方向に飛んでいく。そしてそこにあるハズの頭部は、なかった。

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