第33話復讐の種 其の一

 最初の目撃者は街の酔っ払いだった。昼夜問わずに酒浸りであった彼は、門の外で居眠りをしている間に夜になってしまい、街の外に放り出されてしまった。ファーナンは原則的に夜間の開門を禁止しているので、夜が明けるまで街には戻れない。

 しかし、その男は閉め出されたことを深刻に考えなかった。年中気温が一定以下にならないファーナンでは、夜もそこまで寒くはないからだ。しかも季節は夏で夜の方が涼しく、火照った身体にはちょうど良い。男はやることもないのでいつものように持っていた酒を飲みながら散歩をしていた。

 そんな彼は、ふと厩舎と家畜小屋が騒がしいことに気が付いた。さしずめ野犬か狼が出たのだろうとも思ったが、何やら様子がおかしい。狂乱する家畜の声は聞こえるが、襲っている獣の声が一切聞こえないのだ。普通ならば逃げるところだが、酒精で鈍った頭では好奇心が勝ったらしく、男は現場をコッソリ覗くことにした。

 そして好奇心に従った事を後悔することとなる。彼が見たのは動く骸骨であるスケルトンが家畜を惨殺し、腐臭を漂わせるゾンビが馬に噛み付く惨劇だった。濃厚な血の臭いによって一気に酔いが醒めた男は叫び声を上げながら一目散に街へと逃げ帰り、門番に事実を報告した。

 いつ見ても飲んだくれている男は街の衛士の間では有名で、当日の門番も最初は酔ったせいで何かを見間違えたのだろうと取り合わなかった。しかし、顔面蒼白で目を血走らせて助けを求める男の尋常ではない状態からやむなく衛兵用の勝手口から男を街に入れてやった。

 翌日、男の証言に従って現場に向かった衛士達が見たのは、原形が判らなくなるまでグチャグチャになった家畜の死骸と、大きな血溜まりを残して住人を失った厩舎だったという。

 それからは散発的に被害は出続けたので衛士に調査をさせたが、本職では無い衛士では一向に成果が上がらない。そこで緊急事態と判断した子爵は討伐屋に依頼することにした。魔獣狩りを生業とするプロを雇ったのだ。

 討伐屋ギルドの対応は早かった。速やかにファーナンやその付近の街で働く討伐屋の中からアンデッドとの戦闘経験のあるチームを数組召集し、入念な調査を行って奴らの潜伏先を突き止めたのだ。街から少し離れた森の中央部。森の奥は高い樹木の密集する樹海であり、昼間でもほとんど太陽の光が通らない。暗所を好むアンデッドらしい場所である。

 そして彼らは仕上げとばかりにアンデッドの討伐に向かった。万全の態勢を整えた四チーム二十三人の狩人たちは、満を持して森へと旅立ち…二度と帰ってこなかった。

 この事態に最も動揺したのは他でもない討伐屋ギルドだった。アンデッド狩りに向かったチームはいずれも実績ある者達だ。そんな彼らは子爵による全面的なサポートによって、百や二百のアンデッドならば作業のように片付けられる装備で固めていたはずだ。しかも、持ち去った馬の死体をスケルトン化やゾンビ化させていることは調査時に発覚していたので、知性のある強力なアンデッドの存在は知っていたはずでもある。その情報を持つ彼らに油断などあるはずがない。

 実力者揃いのチームを全滅させるほどの怪物をどうやって排除するか。子爵と討伐屋ギルドが協議を重ね、国王にも救援の上奏文を送って反応を待っていた。そんな折にザインという巡視騎士が現れたのは本当に幸運だったと言えよう。そのせいでザインは騎士になった翌日から働かねばならなくなったのだが。


 「勿論、必要な道具類はいくらでもご用意致します。予算などお気になさらず何でも言って下され。」

 「そうですね…。」


 ザインはこの状況を上手く利用出来ないかを考える。彼の目的は勇者への復讐であり、同盟を結んだアンネリーゼの目的は王国の崩壊である。その両方を成し遂げるには一人でも多くの協力者が必須だ。

 ここの子爵親子を引き込むのは不可能だろう。人格者ゆえにどれほどの貸しを作った所で王国を裏切ることは有り得ない。目的がどうあれ、王国に自らの意志で弓引く者が望ましい。そこで、ザインの脳裏に一つの策が閃いた。どんな実を結ぶのか分からない種を蒔くような行為だが、やってみる価値はある作戦だ。


 「獣人の奴隷、それもそこそこ戦える者達を貰えますか?」

 「何をするおつもりで?」


 子爵の息子は声を一段下げ、眼を細めてザインを睨む。子爵もそんな息子を咎めるでもなく、無表情になってザインを見つめている。獣人が話題に出るだけで空気が張り詰める程に彼らの憎悪は根深いようだ。


 「アンデッドは生物を殺すことだけを喜びとする魔獣の一種、でしょう?ならば彼らに生き餌を撒こうという作戦ですよ。一人一人の生命力が高い獣人なら、人間の罪人を使うよりも足止めとして有用でしょう。」

 「な、なるほど。」


 続くザインの言葉には流石の彼らも驚かずにはいられない。淡々と冷徹で残酷な作戦を提示するザインに、うっすらと敵意を滲ませていた親子は狼狽した。それと同時に『剣王』として名を馳せた男がただの脳筋でないことを改めて認識させられたのだった。


 「承知しました。奴隷選びは巡視騎士殿が?家の者にやらせましょうか?」

 「いえ、私に選ばせて下さい。子爵様の部下を疑うわけではありませんが、何分自分の命がかかっておりますので…」

 「なるほど。では、お任せします。どれを使っても構いませんよ。」

 「さて、作戦会議も終わったことですし、早めの夕食にしませんか?巡視騎士殿のためにささやかながら宴席も設けておりますぞ。当然、客室や浴場を自由に使ってくれて結構。旅の疲れをしっっかりと落として下され。」

 「感謝致します。」




 ザインは用意された客室のベッドに寝ころんだ。久々のベッド、しかも極めて高級なそれは何だかんだで疲れが溜まっていたザインを夢の世界に誘う。その誘惑を振り切って、ザインは誰もいない部屋で口を開いた。


 「おい、居るんだろ?」

 「あら?知っていたのですね。驚かせたかったのに。」


 すると、当たり前のように返事が返ってくる。声の発生源はザインの背後の壁に張り付くヤモリであった。そしてその鈴の鳴るような声の主はアンネリーゼその人だ。


 「使い魔で何時でも情報を共有出来るようにするっつったのはアンリだろ。」

 「それで、何をするつもりですか?奴隷のやせ細った獣人に何が出来るとも思えませんが。」

 「今から説明するさ。」


 そこはかとなく楽しげなアンネリーゼにザインは策の内容を教える。効果があれば儲けもの、くらいの策ではあるが彼女の受けはよかった。

 何にしても行動を起こすのは明日からになる。その夜、ザインは子爵の館でゆったりとした時間を過ごした。

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