第32話国王の剣 其の二

 闘技場の皆と朝食を取った後、ザインはその足でブケファラスに跨がって南へ出発したのだが、早速問題が起こった。ステファノが馬具を用立ててくれたのだが、馬が大きすぎて最も大きな鞍でもサイズが合わないのだ。ブケファラスももっと小型になろうと努力したものの、一度定着した馬のイメージを拭うのは容易ではなく、どう足掻いても巨馬のままであった。

 安物の馬具を魔改造することでどうにか使えるようになったのだが、更なる問題がある。眼が六個あるのだ。本来眼がある場所とその上下に一つずつ瞳が並んでいるのである。目を瞑れば遠目にはわからないが、近寄られると馬ではないことが一発でバレるだろう。

 厄介事の種を連れ歩くのは自分でも愚かだと思ったが、約束を違えるわけにもいかないのでブケファラスに乗って出発することになった。




 王国の街道は領主の責任において管理運営されるので、拡張・整備も領主の一存で行われる。十年ぶりの王都の外は昔と同じだった。王都から最寄りの街までの街道は綺麗な石畳で整地されているが、そこから離れれば良くても砂利道、悪ければ人が踏み固めただけの獣道に限りなく近いものであった。

 それ故にブケファラスを騎獣選んで大正解だった。どんな悪路でも飛ぶように駆ける脚力と一日中走り続けてもバテない無尽蔵の体力は、当初の予定を大幅に短縮させたのだ。

 勿論、問題が無かった訳ではない。行く先々で悪目立ちするわ、厩舎で他の馬が恐慌状態に陥るわ、寝ている間に変身が解けるので野宿が必須になるわ、挙げ句の果てには立ち寄った街の市場で肉を食べようともした。

 任務の前から様々な苦労を体験しつつも、ザインはどうにかこうにか目的地ファーナンに到着した。辺境にしては大きく、美しい街並みはこの地が豊かである証拠だ。街の外にはザインの出身地であるマンセル村と同等以上に肥沃な大地が広がり、それは地平線の彼方まで続く広大な農地になっている。

 そんな豊さの背景には、大きな闇が控えている。それが何かは農地に目を向ければすぐに解るのだ。


 「愚図ども!さっさと立て!」

 「すいません、すいません、許して下さい、謝るから、ぶたないでぇ…」


 広大過ぎる農地を支える労働力。それは亜人奴隷である。風の噂によればこの地域を治める貴族は公明正大で民にも周辺貴族にも人望の篤い人格者だが、亜人に対して、特に獣人には異常なほど厳しいのだという。

 それもそのはずで、昔、彼の妻と次男が獣人に殺害されたらしい。それから領主と跡継ぎである長男は獣人を目の敵にしており、侵略戦争の際には前線で戦って数多の戦果を挙げたそうだ。

 途中に寄った酒場で聞いた情報は概ね正しかったらしい。ザインは鞭で叩かれる獣人の少女を観察する。見たところ山羊の獣人だろうか。やせ細って薄汚れた服とは言えぬ襤褸を巻いただけのみすぼらしい姿だ。布についた汚れの半分は泥によるもので、もう半分は乾いた血液のようであった。


 「ひでぇな。ありゃあもう直ぐ死んじまうぞ。」


 ここに至るまでの道中でも酷使される亜人奴隷を多く見て来た。どこも似たり寄ったりで胸糞の悪くなる光景であったが、どこも此処よりはマシだ。ザインは領主の抱く憎悪の強さをひしひしと感じながら皮肉げに笑う。獣人たちを憐れむのはお門違いの偽善に過ぎない。復讐に囚われた同じ穴の狢である自分にとやかく言う権利などないのだ。




 ファーナンの街の門をくぐると、そのまま真っ直ぐに領主の館へ連れて行かれた。何でも領主とその令息がアンデッドの対策について直ぐに協議したいとのことだ。

 招かれるままに屋敷に入り、応接室に通される。そこには初老の紳士とザインよりも少しだけ年上の青年は座っていた。彼らはザインの姿を見ると立ち上がって握手と同時に頭を下げた。


 「巡視騎士殿、よくぞ参られた。我が民の安寧のため、そのお力をお貸し下さい。」

 「私も父と心を同じくしております。私共に協力出来ることならば何でも仰って下さいませ。」


 彼らは子爵家であり、貴族としてそこまで高位という訳ではない。しかし、その広大な領土とそれが生み出す富は計り知れない。傲慢になってもおかしくない地位にありながら、そんな素振りを一切見せない彼らは本当に出来た人物か相当演技力のある詐欺師に違いない。


 「頭をお上げ下さい、マッカ子爵様。巡視騎士とは言え、私は新任の上に元は剣闘士などという卑しい職に付いていた身。本来ならば閣下と口を利くことすら憚られる男で御座いますれば。」

 「貴公は礼儀を知る方だ。下らぬ貴族より余程好感が持てますな。しかし貴公は騎士団長と同等の地位なのです。敬意を払って然るべきだと私は考えます。」

 「父上、その辺りで。巡視騎士殿、そろそろ依頼の件に移ってもよろしいでしょうか?」


 ザインは無言で頷くと、領主である子爵の向かい側に座って、彼らから詳しい話を聞くことになった。

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