第30話紅玉の姫 其の四

 ザインは知識の共有によって得た情報からアンネリーゼに確認を取る。


 「それで、アンリよ。俺は近い内に暗殺されるってことでいいのか?」

 「国王はその腹積もりですね。自分の為に他者を使い潰すのはあの人の悪癖ですから。」


 父親に対する敬意など微塵も抱いていないアンネリーゼは淡々と告げる。精神干渉魔術の使い手であるアンネリーゼは常に様々な方法で王宮内の出来事や有力な貴族の動向を監視している。虫や鳥を使い魔とし、自らの目と耳として利用しているのだ。当然、国王とパルトロウ侯爵の密談もお見通しだ。


 「俺はどう動くべきか…刺客が来る度に撃退すると理不尽に怒らせて恨みを買うだろうからな。」

 「よくお分かりで。ですので適当なところで死んだことにして下さい。」

 「難しい注文だが、俺自身のためにもやるしかないな。」

 「貴方を殺すことの出来る人間など数えるほどもいないでしょうに。謙虚なのですね。」


 知識を共有したことでアンネリーゼにはザインの切り札が全てお見通しだ。故に本気になったザインに対抗出来るのが勇者級の強者だけだと知っている。隠し事が不可能だということがここまでやりづらいとは思わなかった。


 「面倒は嫌いなんだよ。それも知ってるだろ?」

 「ふふっ。」

 「なんだ?」

 「素直にむくれる殿方は意外とかわいいと思っただけですわ。」


 ザインは舌打ちしたい気持ちを抑えてアンネリーゼから顔を背ける。ここで苛立ちを露わにしてもからかわれるだけに違いない。この女が見た目に反してその腹の中は真っ黒であることは知っているのだ。


 「はぁ~。それじゃあそろそろお暇するとしよう。新居を探さにゃならんからな。連絡はどう取ればいい?」

 「定期的に使い魔を送ります。必要な場合はこの庵で落ち合いましょう。」

 「わかった。じゃあな。」

 「では、御武運を。」


 ザインはそれだけ言ってアンネリーゼの庵から外にでる。彼女との濃密な時間は一言では言い表せないが、彼には一つの予感があった。


 「長い付き合いになりそうだな。」


 美しくも深い闇を抱える少女に魅入られたことが運の尽きと割り切ってザインは庵を後にする。次にここに来る時、果たして彼は世間的に生きているのか。未来を見通せないザインには皆目見当もつかないのだった。




 何事もなく王宮の外に出ると、互いに会いたくなかったであろう一団と鉢合わせしてしまった。リーダーの名はオットー・ガイム・ヴェイバー。つまり『大鷲の勇者』とその仲間たちである。その人数は勇者を入れて四人しかいない。ザインが腕を斬り飛ばしたヤムはまだ治療中なのだ。

 彼らはザインの顔を見た途端に敵意を剥き出しにして身構える。仲間に重傷を負わせた相手に笑顔で応えろというのは無理な話だ。それを理解しているので、ザインは何も言わずに会釈をするだけでその場を去ろうとした。


 「待ってくれ。君はザイン・リュアス君で間違いないかい?」


 しかし、そんなザインを呼び止める声が一つ。声の主は他の誰でもないオットーであった。ザインはオットーが腰に差した白竜の剣に気が付いて憤怒が爆発しそうになるが、グッとこらえて向き直った。


 「はい、勇者様。私がこの度巡視騎士を拝命致しましたザイン・リュアスでございます。」

 「巡視騎士…重要な役職だ。王国のためにも職責を果たすべく、共に精進しよう。何時でも頼ってくれ。」

 「勇者様のお手を煩わせる事態に陥らないよう、努力致します。」


 ザインの返事にオットーの仲間、特に二枚の大盾を背負った男が眦を釣り上げた。殊勝な答えだが、勇者の力など不要とも取れるからだ。


 「貴様!」

 「そう言えばヤム・サンス殿のお加減は如何ですか?」

 「ッ…!経過は良好ですよぅ。一ヶ月もすれば普段通りに戦えるようになりますよぅ。」

 「自分でやっておきながら臆面もなく聞けるものじゃな、小僧。どれ、儂が一つ稽古をつけてやろう。」


 ザインの淡々とした態度が彼らの神経を逆撫でし、勇者の仲間たちは臨戦態勢に入る。しかし、事態を収めたのはやはり勇者だった。


 「止めないか!場所をわきまえろ!」


 オットーの叱責に三人の戦意は一気に下火になる。熱くなった己自身を恥じているようだった。オットーはザインに深く頭を下げて謝罪した。


 「仲間が失礼した。この通りだ、許して欲しい。」

 「頭をお上げ下さい、勇者様。誤解を生むような言葉を使った私の責任でもあります。」

 「そう言ってくれると助かるよ。」

 「では、失礼。」


 ザインは王宮から足早に遠ざかる。予定外だが勇者と直接話す事が出来たのは僥倖である。仇が手に届く位置に来つつあることを実感したザインは邪悪に笑いながら目的地へと急いだ。

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