第24話竜鱗の拳 其の四

 試合開始と同時にヤムは踏み込んだのだが、それを読んだザインはカウンターで迎え撃つ。居合い抜きの要領で腰から長剣を抜き放ちながら左から右へ薙いだのだ。普通の動体視力しか持たない観客には、一瞬ザインの腕が消えたように見えた事だろう。


 「あ、あっぶぇね~!」


 常人には見えない斬撃を、ヤムは籠手で防いで見せた。しかし、籠手から伝わる衝撃はヤムの腕を微かに痺れさせる。ザインの斬撃は速いだけではなく非常に重いのだ。


 「受けるのは間違いってことか!」

 「何だよ、もう降参か?」

 「馬鹿言うんじゃねぇ!こっからが本番なんだよ!」


 ヤムはボクサーのように軽やかな動きでザインとの間合いを詰める。勿論、易々と相手のペースに乗せられるザインではない。長剣での連続突きによって牽制し続ける。

 ザインの突きによって何度も肌を浅く斬られながらも、ヤムは何とか拳が届くまで距離を詰めた。


 「お返しだ!」

 「ふん!」


 ザインの右脇腹を抉るようなヤムの左拳を撃ち落としたのはザインが左手に持つ戦槌だった。だが、ヤムの連撃は止まらない。右フックからのローキック、肘うちに膝蹴りなどありとあらゆる打撃がザインを襲う。ザインは全てを見事に防ぎ、避け、弾いて見せた。

 一見するとザインが追い込まれて見えるので、観客は大いに湧いた。実際は反撃のではなく、反撃ことを見抜いたのはごく少数である。ザインは観客の見栄えが良くなるように気を使う余裕があったのだ。

 そしてザインの狙いを理解した少数の中には当然、ヤムも含まれている。一撃たりともまともに当てられないヤムは驚くと共にこの苦境に歓喜した。ヤムはこれまでの人生でオットー以外に苦戦したことはなかった。そのオットーも実力が拮抗した今では、神通力を使わねばヤムには勝てない。そんな自分が二十近く歳の離れた若者に手玉に取られている。それは途轍もなく不愉快であると同時に同じ位に嬉しかった。


 「お前に!」


 ヤムの閃光の如き上段蹴りをザインが防ぐ。


 「勝って!」


 甲冑の隙間を突く必殺の貫手をザインは避ける。


 「俺は!もっと!」


 喉元への指突を本命に見せかけてザインの左足を踏みつけて固定する。これでもう逃げることは出来ない。


 「上へ行、オボゥ!?」


 ザインはヤムの側頭部を剣の柄頭で殴りつけ、戦槌を腹部に叩き込む。やっとのことで剣の間合いの奥、懐に潜り込んだヤムだったが、アッサリと撃退されてしまった。


 「おい。アンタは仮にも勇者の仲間なんだろ?ならもうちょっと気張れ。観客を楽しませろ。」


 ヤムの動きは悪くはない。だが、『四天剣』の一人、獣人のエルガと日常的に手合わせするザインにとっては攻め手がぬるいとしか言えなかった。数年間も毎日共に切磋琢磨したことで、ザインや他の三人はエルガ以下の拳法使いなど一蹴できる程に素手への対処が可能なのだ。


 「すげぇな!その若さでここまでやれるたぁな!」

 「御託並べてねぇでさっさと本気を出しやがれ。」

 「いいねぇ、その自信!それに見合った強さ!間違いなく俺は『挑戦者』って訳だ!なら、奥の手を使わせてもらうとしようか!お前さんなら死にゃあしねぇだろ!」


 ヤムは両腕に嵌まった籠手にありったけの魔力を込める。すると、籠手が仄かに発光しながら変形していく。これが戦場ならば隙だらけなのだが、ここは闘技場でザインはそこの王者だ。挑戦者に全力を出させる前に叩き潰しては、観客は喜ばない。観客は何時の時代もワガママなのだ。


 「ぐ…うぅっ!」


 ヤムは脂汗を浮かべながら痛みに耐えているようだ。それもそのはずで、今、ヤムの両腕は竜鱗の籠手と同化しつつあるからだ。竜鱗の籠手の真価とは、魔力を注ぎ込むことで己が肉体と一体化し、使用者の身体能力を一時的に竜と同じまで引き上げることなのだ。


 「使いたく無かったし、使うつもりも無かったんだが…これが俺の本気だ!いくぜぇ、『剣王』!」

 「なっ!?速…!」


 ザインは珍しく動揺を露わにしてしまった。竜鱗の籠手は大量の魔力を常時消費するという代償に見合った効果を十全に発揮する。ヤムはザインの視界から文字通り消えたのだ。

 勿論、人間が消える訳がないので、ヤムが目で追えない速度で移動しただけである。しかし、人の形をした竜であるザインの動体視力を一瞬でも欺いたことは賞賛するべきだろう。ザインは反射的に長剣と戦槌を交差させて拳を何とか受け止める。その竜の鉄拳は重く、ザインの上体がよろめいて踏鞴を踏んだ。

 これまでどんな攻撃でも小揺るぎもしなかったザインの初めて見せた姿に、観客から悲鳴と歓声が同時に上がる。一部を除いて、試合を見る者全てがザインの勝利と敗北を同じだけ期待しているのだろう。


 「これを防ぐかよ!ならもっとギアを上げていくぜ!」

 「舐めるなぁ!」


 そこから壮絶な打ち合いが始まった。ザインもヤムも防御を最低限に留めて攻撃に専念したのだ。本来ならば、ヤムは魔力を消費し続けるのでザインは防御に徹して長期戦に持ち込めばよい。にもかかわらずヤムの短期決戦に付き合ったのは、ザインの王者としての意地であり、復讐への覚悟の顕れだ。ヤム一人を正面から叩きのめせないのでは、勇者とその仲間を全員殺すことなど夢のまた夢である。ここで一歩も退かず、逃げず、その上で勝利すること。それがザインの自分に課した勝利条件なのだ。


 「「ぬあああああああ!!」」


 ザインとヤムは互いに全身全霊を以て相手を斬り、殴る。ザインの刃とヤムの竜爪が肌を裂き、戦槌と拳が血風を巻き起こす。周囲には血霧がたちこめて、二人を包み込んだ。

 そして、勝負に転機が訪れる。ザインの長剣が甲高い音と共に砕け散ったのである。ザインの長剣は業物であったが、ザインの技量についてこれてもルクスの竜鱗と張り合うには力不足だったのだ。

 突然右の得物の長さと重さが変わったせいで、ザインの体勢が崩れる。その隙を見計らって、ヤムはザインの顎に美しいアッパーカットを叩き込んだ。

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