七日命

鶴田昇吾

羽化

羽化ー1

 あれは小学生くらいの頃だっただろうか。ある夏の日、晴山広樹は幼馴染の秋本公一郎、菜月時雨と3人で蝉の羽化を観察しに行ったことを思い出していた。近所の公園に夜中3人で集まって、地中から這い出した幼虫を見つけると3人でその様子をじっと見ていた。あれは夏休みの宿題だったのだろうか、観察ノートを抱えてなぜだか声を殺して静かにその1匹の幼虫を見つめていたのだ。やがて幼虫の背が開くと中から暗闇でもよく分かるくらい白い成虫が顔を見せ始めたのである。

「おー!すげー!」

そう声を上げたのは公一郎だった。

「公ちゃんシー!」

右手の人差し指を口に当てて公一郎を叱ったのは時雨だった。

「なんだよ、良いじゃねえちょっとくらい。」

公一郎は目を細めて不服そうな顔をしている。

「蝉がびっくりしちゃうでしょ!」

時雨は目を吊り上げて公一郎に言っている。

「あ、ほら、喧嘩してないでさ、見て。出てくる!」

広樹がそういうと2人も我に返ったように蝉を見る。蝉の成虫は頭を下にしてゆっくりと出てこようとしている。

 それからは3人とも食い入るようにその様子を見ていた。どのくらいの時間見ていたのかは分からないが、気が付けばあの茶色で地味な幼虫から真っ白いベールをまとったような成虫が木の枝にぶら下がっていた。広樹はその様子をノートに何枚も何枚も書き写していた。その神秘的な真っ白い成虫は、広樹の目には輝いて見えていた。命の誕生、これほどの神秘的な瞬間が今目の前で繰り広げられた。広樹はそのことに感動を覚え、この時のことを一生忘れることはなかった。きっとあれからだ、3人が命と言うものの神秘に触れ、興味を持ち始めたのは。その時の観察ノートはきっと3人とも宝物にしているはず。少なくとも広樹はずっとずっとあの時の観察ノートを大事にしてきた。

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