極東の島とスライムと

 温かさの中に、どこかしんみりとした空気が私たちを包む。

 人よりはるかに長い時間を過ごしていると、感傷的になりやすくなるのかもしれない。

 そんな時間が、心優しい彼女には耐えがたいモノだった。


「え、えっと……あの、さっきの……さっきの話! 」


 先ほどにも増して大きな声。

 私と比べるとまだまだ小さく、鈴を鳴らしたような声。

 しかし、少々上ずってしまう程、きゅう子なりに張り上げたのだ。

 私たちを包んでいたモノが霧散していくのを感じる。


「さっきの話? 」

「うん……お、乙女ちゃんの……ミッドガルはいいなって……。」

「いけませんきゅう子。北欧の神話などに興味をもっては汚れてしまいます。」

「あんた喧嘩売ってんの!? 」


 ふん、事実を言ったまでだ。きゅう子は私が守らねば……


「そ、そうじゃ……なくて……全部はわからないけど……こ、この国……いいよね? 」


 この国……極東の小さな島国。


「あーわかる! 正直地元より調子良いもん! 」


 科学の進歩した現代、はるか昔とは違い、我々を我々たらしめているのは、人々の信じる力。あるいはこうであってほしいと言う願望にもにた感情。私やきゅう子は神ではないが、信仰心と言っても良いだろう。

 この極東の小さな島国は、それがとても強い。

 民のほとんどが無神論者だと言うのにだ。

 この地に着いた時、そう言う国民性だと説明され深く考えなかったが、これは異常なのかもしれない……

 だ、だって! この私から、ビームが出るなどと……!

 ……い、いつか出してみせる!


「ここなら、お日様の下……歩ける……鏡にも写るし……お腹がすいても……な、なんでかな?……トマトジュースでいい……そ、それに……。」


 きゅう子は小さな両手で私と戦乙女の手をとると、優しく包み込み胸に抱いた。


「綺麗な二人に触れられる……い、痛くない……あったかい。」


 顔が……顔が熱い! きゅう子、ヤメてください! 刀身が融けそうです!


「ちょちょちょ! ちょっと! ヤメてよ恥ずかしいなー! 」


 戦乙女が強引に手を振り解くと、きゅう子は少し残念そうにした。許せん……!


「戦乙女! 貴様! そんな言い方はないだろう! 」

「ちょ! ヤっ! こっち見んな! 」

「やかましい! きゅう子が私たちの種族を越えた熱い友情を……。」

「な……! あ……あんたもヤメてよ!」


 そんな私たちのやり取りを、きゅう子はくすくすと楽しそうに笑いながら見つめている。

 どうだアルトリウス? 私たちの目指した世界が、ここにはあるのだ。

 いつかそちらに行った時、土産話を嫌と言う程聞かせてやろう。


「やはり……こちらでしたか。」


 私たちの今に水をさす無粋な声に、私たちは視線を向ける。

 視線の先にあるのは閉じた屋上出入り口の扉。

 声の主は、閉じた扉の下から漏れ出す様に現れる。

 薄く青み掛かった液体が水たまりを作ると、どんどんと上に盛り上がるように蠢き、人の形を成した。


「ゼリーじゃん。何かご用? 」

「ミス戦、何度も言いますが屋上は立ち入り禁止。そして私はこの学校の英語教師。ここでは鳥山先生と呼んで下さい。」


 ゼリー。スライムのゼリー。別名、鳥山クエスト。ここに来る前は、這いずり呻く事ぐらいしか出来なかったらしいが、今では体の色や質感を自由自在に変え、肌や衣服を再現。完璧と言える程に、人に成りすましている。

 この国には、スライムの伝道師がいるとゼリーは言っていたが、すごい者がいたものだ。

 ゼリーは咳払いをし、言葉を続ける。


「おほん、用と言う程ではありませんが……ミス九鬼を探しておりました。」

「……きゅう子? ……な、なんで……ですか? 」

「んふふ……ミス九鬼は、優等生……ですからね。」


 ゼリーがにやりと笑う。正体を知るもの同士だからか、ゼリーの口は耳元まで裂けるように開いている。ゼリーの薄気味悪い顔にきゅう子は怯えた。


「あ! この野郎ゼリー! ぶっ殺してやる! 」


 いいぞ! 戦乙女。なんなら私を使わしてやる! 共にそこの水溶き片栗粉を跡形もなく蒸発させてやろうぞ!


「え!? あ、ちょ! ミス戦! ウェイウェイウェイ! ……ジョーク! イッツァスライムジョークじゃありませんか! 」

「……ほんとー? 」

「本当です!信じて下さい。プリーズ。」

「では貴様……ここに何をしに来た? 事と次第によっては……」


 私は腕を刃に変化させ、切っ先をゼリーの喉元に突きつける。


「ミス鈴木も落ち着いて下さい! 私がここに来たのは本当にミス九鬼を探していただけです! 」

「そうではなく、なぜ探していたのかを言え。」

「私の授業で教科書の例文を音読してもらうためです! 」


 貴様ゼリー……そんな事のためにきゅう子にあんな薄気味悪いものを……


「……皆さんお気づきでないようですが……予鈴はとうの昔に鳴っています……つまり、五時間目、すでに始まっております。」


 五時間目が始まっているだと!? だからどうした!?

 ……? ……!?


「ミス九鬼の発音はとても美しい……エクセレント! ですから皆のお手本になればと、私の半身で探していたのです。」

「貴様! なぜそれを先に言わない! 」

「そーよそーよ! この馬鹿! ゼリー馬鹿! 」

「きゅう子! 私たちは急ぐのでこれで! 」

「また放課後ねー! 」


 階段を飛び降り各々の教室へ走る。私と戦乙女が叱られたのは、言うまでもない。


「まったく……騒々しい方々ですね……心中お察しします。」

「騒々しいのも……楽しいよ?」


 ゼリーは先ほどとはうって変わって、きゅう子に優しく微笑み手を差し伸べる。


「ではミス九鬼。参りましょう。皆が待っております。」

「ふふ……はい、先生……。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る