理想郷

@yojouhan

第1話

その国は他のどの国からも理想とされ、賞賛された。

環境問題に積極的に対処し、貧困問題にも関心を向け、国民皆の理解を得ていた。治安もよく、経済的にもましな部類で、そこの貨幣は価値が高かった。科学や芸術でも多くの優れた人物がいた。

特に目立っていたのが、差別問題についてである。移民が多いその国では、白人黒人黄色人種まで混在している。それなのに人種関連の差別問題が浮き上がった事はなく、各国に不思議がられていた。また多くの宗教も入り混じっており、人によって信仰は様々であった。人権問題に非常に積極的で、LGBTへの理解も深くいじめの話もない。障害者への理解もあり、誰もが住みやすい国であった。

何故そんなに理想的な国になったのか。私はそれを調べたいと最近思った。


そこで私はインタビューをする機会を得た。治安維持の為の入念な入国審査の後、国に入ることを許された。街並みは綺麗で、自然の美しい景観が映えていた。

私はなんであんな国に生まれてしまったんだと思った。この国は理想郷だ。素晴らしい国だと感動した。

早速、街頭でインタビューをして見る事にした。「外で歩いている人」を標本とするのが適切だと思ったから、特定の建物に入ったりしないでインタビューをしようと決めたのだった。

一人目は男性だった。

「この国についてどう思いますか?」

「素晴らしい国だと思います。私はこの国に生まれて幸せです」

「他の国はどうしてこの国のようにならないのだと思いますか?」

「他の国も他の国で素晴らしいと思います。どの国もこの国のようになったらそれはつまらないでしょう。違いがあるから美しいのです」

「ありがとうございます」

こうしてインタビューを続けて行った。二人目の女性、三人目四人目の老夫婦、五人目の、小さな妹連れの兄、六人目の明るいおばさん、どの人も同じような回答をした。

この国に生まれて幸せだと、皆は言うが、誇りだとは言わない。二つ目の質問については誰もはっきりとした回答をしなかった。

そして七人目。優しそうなおじいさんだった。

「あの、インタビューいいですか」

おじいさんは小声で答えた。

「あんた、やめた方がいいよ」

「……え?」

「誰も答えてはくれんよ。何を言っても人権侵害だ差別的発言だ宗教の自由だ、ってな。わしが30になった時にはすでに、誰も意見なんて言わなくなった。ここはそういう国じゃ。みんな無関心なフリをして、関わりたくないからの」

「昔から、ですか」

「ああ、そうじゃ。ここは沈黙の国じゃ。」

俺は愕然とした。それでも疑問は消えない。

「マスコミではそんな報道は聞いたことがありませんよ」

「あんた、こんな夢みたいな話、胡散臭いとは思わなかったのかね。メディアリテラシーとか習わないのか?」

「それは習いましたけども……。でも、こんな理想の国だ何だって大々的に報道して、各国の首脳だって来ているはずです。隠すには事が大きすぎます」

「簡単な事じゃ。その世界じゅうのマスコミも、各国の首脳もグルじゃからの。」

「……あなた、知り過ぎてません?」

この老人、一人の国民と考えるには裏事情に詳しすぎる。

「はっはっは。気づくのが遅かったようじゃ。わしはその政府の中央部に近い男よ。」

「しかし、それを何故私に…?」

「今何時何分何秒だ?」

「?……えっと、11時56分37秒、ですけど」

「君の命は残り3分と少しだからじゃ。何を知っても、君はその話を自国へ持ち帰れまい。」

「……ご冗談を」

「今日の、この国の12時を基準に世界の95%の人が死ぬ」

「…信じられませんが」

「わしら各国首脳は検閲網を張り、マスコミの上層部も味方につけた。情報を漏らしかねない危険な人物、言い換えれば頭のきれる優秀な人物は逮捕した。真相を追う、勇気のあって知的な感覚に優れた人も逮捕した。逮捕された人には特権が与えられた。それは今日この時間を過ぎても生きられる特権だ。95%の人間は、君を含めた95%の人間は、人為的に作られたウイルスによって、この時地球上で、一斉に発病するのだ。5%の、優秀な人間だけが、このウイルスの免疫を持っている。君は、選ばれるはずのない人間なのだよ」

俺は時計を見た。時間は11時59分42秒だった。最後に、何か足掻けるとしたらそれは何だ?この老人の話は疑えなくなってしまっていた。

「最後に、お前だけでも殺す」

言いようのない怒りは老人に向けられた。俺はボールペンを取り出し、首を狙う。もう一方の手で老人の腕を払う。ボールペンはきっと刺さる。そう思った。

「はあ。こんな奴だから、お前は優秀な5%に選ばれないんだ。」

老人はそう言って、後ろを向いた。突如現れた老人のボディーガードと思しき人二人に取り押さえられた。ボールペンは刺さらない。老人に対して、世界に、社会に、この国への怒りが募ったが、どうにもならなかった。

12時になった。

老人の後ろで、三人の死体があった。

ボディーガードの二人はウイルスの免疫を得る資格がなかったのである。


老人はいい気分だった。

「理想とは真逆の国を作って、理想をつくるとはすごいものよ。理想の真逆に反対する人物、それは理想の人物だ。検閲に気づき、殺されるのを恐れずに真相に迫る人物は、逮捕という形で拘束されたが、今後の世界では重宝される。それに、LGBTやら障害者やら宗教信者なんかは殲滅された。理想の、合理的な世界だ!!」

こうして、世界は理想郷となった。

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