第13話 勝利と敗北とわたし

 この日は、授業中も、『未来人』対策の検討に時間を費やすことにした。

 わたしが阿久根さんに約束したことは、『未来人』が『宇宙人』だというわたしの言葉のほうが真実だということを阿久根さんに納得させるということ。それができればミッションコンプリート。

 もしも、相手が何星人か見破って、その姿を電波や報道に載る形で晒したら、完全勝利だけれど、今回はそこまで求めなくても良い。達成すべき目的を勘違いして、無理をしてはいけない。

 絶対行なってはならないことは、ビレキア星人が地球に降りて活動しているということを、地球外で観察している宇宙人たちに知られてしまうこと。

 それをやってしまったら、今回のことだけでなく、わたしと隊長の任務は失敗となり、ビレキア星は、連盟規約違反で、たいへんなペナルティを科せられることとなる。これだけは避けなくてはならない。

 しかし、ここで勘違いしてはならないことは、『未来人』にわたしが宇宙人だと知られてもかまわないし、場合によっては、ビレキア星人だと知られてもかまわないということだ。

 『未来人』も連邦規約を破って地球に干渉しているから、その状態でなければ知りえないことは、結局お互い様ということになり、公にはならない。ただし、この場合は、相手の正体を公に晒してはならなくなる。もしもこちらがビレキア星人だという証拠を相手ににぎられたまま、相手の正体を公に晒せば、相手はやけになってこっちのこともバラすから。


 つまり今度の『作戦』での勝敗は次のように整理される。


A 戦略的勝利:

 相手の正体が何星人であるかを宇宙に晒し、当然阿久根さんにも『宇宙人』だと納得させる。ただし、こちらの正体は、宇宙にも晒さないし、相手にも証拠を与えない。


B 作戦的勝利:

 相手の正体が『宇宙人』であると阿久根さんに納得させる。ただし、こちらの正体は、宇宙にも晒さないし、相手にも証拠を与えない。


C 戦術的勝利:

 相手の正体が何星人であるかの証拠をつかみ、阿久根さんにも『宇宙人』であると納得させる。その過程で、こちらの正体は宇宙に晒さないものの、相手にもこちらの正体の証拠を与えてしまう。


D 戦術的敗北:

 相手の正体をつかみ相手にこちらの正体をつかまれてしまう状況か、お互いに正体をつかんでいない状況のままで、阿久根さんに『未来人』が『宇宙人』だと納得させることに失敗してしまう。


E 作戦的敗北:

 相手の正体が何星人であるかを宇宙に晒すが、その過程でこちらがビレキア星人だと知られてしまう。長期的に見れば、こちらの正体の証拠は与えなくともビレキア星人の名が相手によって公表されてしまいスキャンダルとなる。結果的に地球から撤退しなければならなくなる可能性大。この場合、阿久根さんが『未来人』についてどう思おうと、もう問題ではない。


F 戦略的敗北:相手の正体が何星人であるかを宇宙に晒すが、その過程でこちらがビレキア星人だと証拠を与えてしまう。あるいは、相手の正体についてはどうであろうと、過程においてこちらがビレキア星人だと宇宙に晒してしまう。この場合も、阿久根さんが『未来人』についてどう思おうと、もう問題ではない。


 よ~し、調子に乗ってきたぞ。やっぱりわたしは兵士なのよね。こういうのが性に合っているわ。

 Cは長期的に見れば、危険をはらんでいて、あまり勝利とは呼べないなあ。とにかく、今回目指すのはBね。

 と、兵士気分に浸っていたら、化学の先生に当てられてしまった。はいはい、わかりますよ。ちょい、ちょいと。

 さて、本題に戻って、Bを狙うなら、相手の正体をつかむことに固執する必要はないってことよ。阿久根さんを納得させるだけでいいんだから。『未来人』じゃないってことを会話の中で、吐かせればいいのよね。ボロを出させればいいんだわ。

「化学の時間、楽しそうだったね」

 いつの間にか休み時間になっていて、隆から小声で話しかけられた。わたしは知らない間に、にこにこしながら作戦検討していたらしい。

「いえ、化学じゃなくて、今晩の阿久根さんとのデートのことを考えていたから……あ!」

 あわてて口をふさいだけれど、遅かった!

「ど、どういうことだよ、それ」

 『約束』を『デート』と言っちゃったから、よけいに面倒なことになったかも。隆が真っ赤になってる。嫉妬で怒ってる?

「まさか、あぶないことしようとしてるんじゃないだろうね!」

 あ、やっぱりそっちか。わたしの身を案じてくれてるんだ。え~、でも楽しそうにしてたのを見られちゃってるし。

「危なくない、危なくない。こういうのわたしの本業だし。最近ストレスたまるようなことが多かったから、本業に戻れるのがうれしくって」

「きみの本業って何だよ。ぼくのマークじゃなかったのか?」

「ちょっとちょっと、おふたりさん。ひそひそ話じゃなくなってるわよ」

 エリカさんが隆の向こう側から声を掛けてくれて、この場は収まった。

 ええと、確かに今のわたしの任務は隆をマークすることであって、阿久根さんのことは、その障害になることだから対処しなくちゃいけないわけで、任務からははずれちゃいないけど、本筋じゃない。隆のマークを外してしまったら、任務失敗なのよね。

 危ない危ない。あやうく、任務を危険に晒すところだったわ。作戦の勝利条件を再検討しなきゃ。


特記事項:

 わたしが戦闘等で、負傷もしくは死亡し、隆をマークできなくなる状況は、AからFのどの勝敗ランクにおいても、作戦失敗にあたる。

 もちろん、隆を巻き込んで危険に晒すことは論外。


 これでいいわね。自分の身も危険に晒してはいけないということ。うん、今回はこれも大事。

 って考えると、顔が引き締まって真剣になってきた、でしょ? 隆。

 隆はまだ、ちらちらわたしの方を見てる。

 それにしても、思わず口に出ちゃったけど、『最近ストレスたまってる』かぁ。わたし、隆とのこと、そういうふうに思ってたのかなぁ。


 昼休みは、気分を変えるためにちょっと雲隠れして、屋上に逃げ出して作戦を練ることにした。

 誰も居ない、生徒立ち入り禁止の屋上。

金網にもたれて景色を見下ろしたら、もっとリフレッシュになるかもしれないけど、屋上に居るのがバレちゃうから、例によって下から見えないように、屋上の真ん中あたりにいる。

 と、なにやらエンジン音が空から聞えてきた。

 黒い点がこちらに近づいてくる。白い煙を吐きながら飛んで来るのは、ラジコンのヘリコプターだ。誰が飛ばしているのかしら? こっちに向かってくる。どこかでわたしのこと見ながら操作してるのかしら。見回してみてもそれらしい姿は見えない。宇宙人じゃないわよね、普通の地球のラジコンなんて。

 地球人だとすると、阿久根さん? 違うわね、彼ならこんなラジコンじゃなくて、本物の戦闘ヘリを飛ばしてくるわ。この地球で、戦闘用パワードスーツを動員できちゃう人なんだもの。

 カメラ小僧さんか、マスコミさんかしら。近づいてくるラジコンヘリの胴体の下には、カメラのレンズらしいものが見える。あのカメラの画像を見ながら操縦してるんだわ。屋上が直接見えないところから。

 やがてラジコンヘリは、わたしから二十メートルほど離れたところに、カメラをこちらに向けたまま着地した。

 カメラ、カメラ……カメラで思いつく人物がひとり浮かんだ。そして、その人物が、わたしの目の前に現れた。

「こんにちわ、恵さん。あなたとふたりで話せる機会ができてうれしいわ」

 カナンさんだ。

「……ええ、わたしも……多分、そうだわ」

 カナンさんは、うちの高校の制服を着ていた。便利よね、CGって。

 ちらりと振り返って、自分の後ろに止まっているラジコンヘリを指差して、彼女は小首をかしげながら言った。

「不便でしょ、CGって。結局、目や耳は飾りだから、ああいうのにたよらなきゃいけないのよ」

 そうか、不便なんだ。地球の科学じゃ。

「でもね、これでもかなりの先進科学なのよ。なんといってもどの方向から見ても実体のように見える映像を投影できるって、今の科学からするとすごいことなの。投影機から投影地点が直接見えている必要もないのよ」

 たしかに、地球の科学力からすると、このCGも飛びぬけた技術だわね。

「でね。もっと改良してもらえないかしら、と思って、発明者を調べてみたの。そしたら、発明者はわからなかったんだけど、技術提供した人はわかったの」

 なんだか、わたしにも誰だかわかった気がする。そう思ったのが顔に出ちゃったらしい。

「そう、阿久根さんよ」

 やっぱり。つまり『未来人』が提供した技術なんだ。ほんとに、地球独自の開発だとしたらギリギリの技術だものね。

「ネットを使って阿久根さんを捜したら、この高校に転入していた。あなたと似て、過去の記録もちゃんとあるのに、転校前の記録は、ごく公式な部分にしか残っていない。つまり、改ざんね。頭に乗ってる医療機器や、治療の記録はどの病院にもないわ。それなのに、学籍や戸籍だけ完璧」

「わたしと阿久根さんは……」

「わかってる。仲間とかじゃないわね。接点は、この高校だけ。改ざんの技術も、異なってるみたい」

 何が目的でわたしたちのことを探っているのかしら。本当に自分を改良してほしいだけなのかしら。

「あなたたちの共通点は、飛びぬけた科学力。阿久根さんは、多方面に匿名で技術提供を続けている。そして、あなたは、完璧にわたしの姿を実体化している。そしてお家も」

 家のことまで知ってる?

「市役所で、あなたの家のあたりの造成を記録した写真を見たの。土木課さんの天井にあるセキュリティカメラで、土木課の方が昔のアルバムをめくっているのを見たのよ。あなたの家の場所は十年前の写真だと公園だったわ。ところが、その同じ写真が画像データとして収納されているフォルダを確認したら、ちゃんとあなたの家が写っていた。あんなところに格納されてるデータまで探し当てて改ざんしてるなんてすごいわね。本物の写真を直接見なければ、わからなかったわ。そして、すごいのは、家ね。今、いっしょに住んでるあなたの妹さんのエリカさんが、住んでいた家そっくりね」

「よく調べてるわね。アイドルって案外暇なの?」

 今朝の恩人だから、嫌味にならないように気をつけて尋ねた。

「ほら、わたしってAIでCGでしょ。普通のアイドルさんとちがって、体型維持のためにジム通いしなくていいし、ダンスレッスンもボイストレーニングも、台本覚える時間も不要なの。出番以外は自由時間。だからたっぷり時間あるし、一千万台のパソコンにアクセスし放題で、中には、大事なおしごとのパスワードも見えちゃってる人がいて、いろんなところに入り込めちゃうわけ」

「なるほどね。時間がたっぷりあってうらやましいわ」

「あなたの妹さんのエリカさんもすごいわよね。明治時代の写真にも、同じ姿で写ってるもの。あの人こそ、時間がたっぷりじゃないかしら」

 あらあら、エリカさんたら、そんな写真が残ってるなんて。まあ、平安時代の絵巻に描かれているのが残っていてもおかしくないんだけど、あの人の場合。

「何がお望みなの?」

「興味本位っていうのは、多分嘘ね。そうよ、わたしには望みがある。もっとちゃんとした身体が欲しいのよ」

「え?」

「肉体が欲しいとまでは言わないわ。お花や子犬に触れてみたいの。あなたやお世話になってるマネージャーさんともちゃんと握手したいわ。そして、わたしのこの目の視点でものが見てみたい。位置の変換処理をせずに音楽が聴けたらどんなに聞えるのかしら。昨日、ADさんがおいしそうな匂いがするって、お弁当を食べてたの。どんな香りがして、どんな味だったのかしら。そよ風が頬に触れるのってどんな感じ? 暑いってどう? 寒いって痛いの?」

 彼女はだんだん苦しそうな表情になってきた。

「そんなことを考えはじめると、思考がループして、狂いそうになるの。一秒間に何億回もループするのよ。助けて、お願い。あなたなら、そいう技術を持ってるんでしょう?」

 たしかに、それはある。でも、今の地球の科学ではありえない。これは、罠? 彼女にビレキアの技術を提供したら、宇宙に筒抜けになって、ビレキアが非難を浴びるの?

「それはあげられないの。規則なのよ」

 カナンの悲しそうな顔。わたしの顔が目の前で悲しんでいる。あんな表情になってしまうときの気持ちは、どんなに苦しいか、わたしは痛いほどよくわかる。かわいそう。なんとかならないかしら。

「規則って、どこの? 誰にお願いすればいいの?」

「それも言えないの。でも、提供できる可能性があるとしたら、地球人が超光速航法を開発できたとき。そしたら、提供できるようになる」

「超光速航法? そんなの陰も形もないわ。理論さえ! ……地球人って言ったわね。やっぱり、あなた、宇宙人なの?」

「ごめんなさい、答えられない」

 ぼろぼろと涙がこぼれてしまう。自分と同じ姿の人が、こんなに苦しんでいるのに、力になってあげられないなんて。

 わたしが泣き出してしまったら、カナンさんは駆けよってきて心配してくれた。

「わたしこそ、ごめんなさい。あなたを苦しめるつもりはなかったの。無理を言ってしまったのね。もっと簡単なことだと思ったの。なにか大事な規則があるのね」

 カナンさんは、わたしを抱き支えようとするけれど、触れないことがもどかしそう。その様子を見て、こっちの胸が余計にしめつけられる。なんとかならないかしら。

 そのときのわたしのひらめきは、ひょっとしたら、ビレキア星を危険に晒すものかもしれなかった。もしもカナンさんの登場自体が罠だったら、ビレキア星は破滅するかもしれない。

「カナンさん。さっきあなたが望んだことすべては無理かもしれないけど、すこしだけならなんとかできるかもしれない」

「えっ?」

「地球人が今の科学で開発可能な技術なら、つじつまを合わせて、提供できる。多分、遠隔モニターの技術を応用して、あなたの画像の視点で映像と音を捉える技術と、力場を利用して、離れた場所にフィールドを発生させてCGの映像とシンクロさせる技術は大丈夫よ。このふたつがあれば、カメラなしで、CGの目や耳の位置で視覚と聴覚を使えるし、望むときにモノに触れられる。触感は感じられないけど、そこそこの重さのものも持てるし、握手ができる。自分は相手の手を感じられなくても、相手にはあなたの手の感触を伝えることができる。どう?」

 カナンさんは両手を合わせて、神に祈るポーズをとった。

「すばらしいわ! それができれば、ステージで歌うときに、観客の視線がまっすぐ自分に注がれているのを見ることができるのね! 司会者の人からマイクを受け取ったふりしてCGでマイクを合成したりしなくても、本物のマイクを受取っちゃえるのね! そして握手! いちいち触れないことを断ってポーズだけしてもらったりしなくてもいいのね!」

「そうよ、カナンさん」

「AIとしてのわたしは、ほら、一千万台のパソコンにつながれていて、知識としてはネットワーク上からいくらでも得ることができるの。でも、自分でなにかを体験することはかなわなかった。CGの身体を持つまでは、それがあたりまえだったけれど、CGの身体を与えられて、ほんの一部の真似事だけれど、なにかを体験したりすることができるようになったわ」

 そうかKプランはCGのためのプランじゃなく、はじめはAIだけだったのね。阿久根さんが提供した技術がCG化を可能にしたんだわ。

「でもね、少しできるようになると、あれもこれも、って欲しくなってしまうの。今のわたしは、CGができたことで、自分の居場所がある。でも、その自分をいつも別のカメラから他人のように見てる。そして、物がもてないから、なにかを受け取るふりをして、偽者をCGで作って持っている。それではさびしくなってしまうの。ああ、だけど、できるようになるのね。そりゃあ、まだ完全に望んだとおりじゃないかもしれないけれど、自分の視点ができて、物が持てるなんて、すごい進歩だわ。しかも、あなたが教えてくれたこと。地球人が超光速航法を開発したら、宇宙人さんの技術で、わたしが望むようなことがみんな叶うんだって、遠い未来かもしれないけれど夢のようなお話」

 カナンさんの反応に、わたしは、なにか引っかかるような、ううん、合点がいくような感覚に陥っていた。

「わたし、そのためだったら、なんだってするわ! わたしにできることだったら、なんだって! 超光速航法の開発って、AIにもなにかお手伝いできるのかしら!? ねぇ、恵さん教えて?!」

「え、ええ、そうよ。力になれるわ」

 そう、AIの協力は不可欠なのよ、カナンさん。

 ああ、そうか。このために。カナンさんのこの決意を引き出すために、わたしはカナンさんの姿にされたんだわ。この屋上で今まさに起きていることは、地球の未来にとってとても大切なことで……そして誰かがあらかじめ意図したことなんだ。それにはビレキアの未来予測技術がかかわっている。

 ビレキア政府は、地球を占領したいんじゃなくて、連盟加盟に導きたいの?


 そのとき、昼休みが終わる予鈴が鳴った。

「あ、もどらなくちゃ。ごめんなさい。今日の放課後、わたしの家に来て。時間は五時にしましょう。じゃあね」

 屋上の出口に走って行きながら、わたしはカナンさんに手を振って言った。カナンさんも手を振って返した。

 だから、そのときは、たいへんなミスを犯したことに気がつかなかったの。わたしはカナンさんが立つ斜め後ろにある階段口に移動しながら呼びかけたために、途中から、カナンさんの方向を振り返って、しゃべってしまったの。

 そのとき、わたしの顔は、カナンさんのラジコンヘリのカメラの方を向いていなかった。カナンさんの読唇術は、わたしが『時間は五時にしましょう』と言った部分を読み取っていなかったの。

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