第20話

 広場から続く市を歩く。都市エリツヘレムでも揃う品物だ、王都ならすべてを見つけるのにそう時間は必要ではなかった。両手で材料を抱えながら早足で戻る。遅くなれば、また父上の機嫌が悪くなってしまうかもしれない。

 とその時、背後についてくる足音に気づいた。人混みを掻き分けながら進むピスカ。それに糸で繋いだように続く足音。いつからだろう。焦っていたので気づかなかった。

 振り返るのが怖くて足を速めた。と、前方への注意が疎かになり、誰かとぶつかった。抱えていたものが地面に落ちる。

「おっと、悪いな」

 見覚えのある顔がそれを拾おうとした。

「やめて」ピスカの言葉がその動きをとめる。「自分で拾える」

 ピスカを見、怯えたように半歩下がってロイは言った。

「なんだ、あんたか」

 ピスカは落ちたものを、腰を屈めて取る。

「おいおい随分と傷が増えたみたいだな」上から言葉が掛かる。「でも生きてるってことは、探してた奴は殺さなかったのか?」

 ピスカは黙って拾う。いつの間にか付けていた気配も消えていた。

「というか俺の家破壊したのお前らだろ? ありゃあ修復するのにかなり時間かかるぞ」

 無視を続ける。

「まあ殺人しないのは懸命な判断だ。もっと労力は有効なことに使うべきだよ。連続で入った大量の案件を寝ずに片付けた俺みたいにさ」

 そう言うとロイは手で首を触りながら関節を鳴らした。ピスカは立ち上がる。

「それしか出来ないだけでしょ?」

「おい、職人馬鹿にするんじゃねーよ。あんだけ大量の玩具を正確に、しかも早く造れるのは俺だけだぞ」

 ピスカが睨む。ロイはさらに後退した。

「わたしは別にあなたを許したわけじゃないわ」

 けれど、剣も持たずユイルもいないこの状況では、その言葉に大して力はなかった。

「分かったよ。もう関わらねーさ」

 両手を掲げ、ロイは去っていった。ピスカは前を向き、足を動かす。ロイの言葉が頭で反芻される。探していた人は見つかった。その人物を殺すために、ただそれだけのためにピスカは都市エリツヘレムを捨て、王都に来た。けれど殺していない。

「なんのために殺すのかも……分からなくなっちゃったもの」

 自分が何故歩いているかすら答えることが出来ない。自分の行動が、自分の意思決定により行われている自信がない。心の中で渦巻く感情が自分のものだとも思えない。

 ロイの言葉により、思い出したように混乱した思考。

 だからピスカは気づけなかった。背後に迫る足音が三つ存在していたことに。

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