16-②




***




「……また、凍死体か」

「けれど、この事件は事故……ですよね? でも、今年に入って凍死が四件もあるのは流石に」


 流石に、不自然。桐乃が小さく呟いた言葉に、紫乃も同意して頷いた。

 紫乃が今年限りの趣味としている、全世界で起きた不可思議で非日常的な事件のスクラップの中に第四の凍死事件が並んだ。オーストラリア、フィリピンときて、先月は香港。そして、遂に日本で凍死体が発見された。

 が、横浜で発見された凍死体は事故として処理された。香港で起きた事件も、迷子になった少女がデパートの食品部の冷凍室に迷い込んで閉じ込められた事故であったが……後者二つがどちらも、冷凍室での事故と言うのは出来すぎていないか?

 香港の事件は、亡くなった少女の両親がデパートを相手取った訴訟に発展して日本にまでニュースが流れて来たが、横浜の事件は地元紙の片隅で埋もれてしまいそうなほど小さな記事である。変死体から凍死の事故への遍歴は、どこか作為を感じた。


「この四つの事件、同一犯の犯行だろうね。あくまで、私の勘だが」

「何だか、敵に回したくない気配がプンプンしますね……あ、いらっしゃいませ」

「こんにちは。大きい荷物があるんですけど、良いですか?」


 2人の会話を遮って、『若紫堂』に来客があった。2m近くもの竹刀袋を背負い、頭上に注意しながら入って来た夏月を出迎えて通常営業へ戻ったのである。


「その薙刀はこちらに置いておきなさい。今日も、練習かい?」

「はい。コーチの紹介で、都内の道場で振るってきました。何となく、お遊びじゃいけないかな~って」


 レジカウンターの傍に竹刀を置かせてもらった夏月は、少し照れ臭そうにそう言った。彼女の鞄には『燕が産んだ子安貝』のキーホルダーが着いている。

 彼女なりに、『竹取物語』へ組み込まれた事への覚悟をしているのだろう。古本を吟味する手には真新しい絆創膏が貼られていた。


「奥島さんって、50年前の【戦い】の参加者だったんですよね?」

「そうだよ」

「読人君のお祖父さん、前回の優勝者はどうやって勝ち抜いたんですか?」

「……どう、って言われてもね。あの人は結果的にそうなっちまっただけさ。別に優勝しようと言う気もなかったし、ただ単に【戦い】を見てみたかったと言うだけで渡英したとんでもない人だったよ……ああ、そう言や今日は蔵人さんの誕生日だった。訊いてもいないのに突然、「祝ってくれ」と言い出してアフタヌーンティーを同席して来るような図々しい男でもあったね。あの子が似なくて良かったよ、本当に」

「師匠……」

「けれど、どうしてか……そうだ」

「どうしてか?」

「あの人は、自分が優勝と言った事があったね」

「……?」


 昔の記憶が甦って、突如紫乃の脳裏に50年前の蔵人の幻影が浮かび上がる。【戦い】にやる気を見せなかった彼は何故あの時、あんな事を言ったのだろうか?

 結果的には確かに、蔵人は50年前の優勝者となり『竹取物語』を手にした。けれど、不老不死は手に入れなかった。

 そして今世の【戦い】では、蔵人の孫が【読み手】として選ばれた。これは、偶然か何かか……それとも、凍死事件と同じく何か作為が、意志が働いていると言うのだろうか。


「あと、変なところでお人好しだったねぇ。2人も妙なのを拾っていたし」

「拾った?」


 今でも交流のある、昔少年、今ジジイな昔馴染みたちが出て来たのと同じタイミングで、再び来客がやって来た。大体この時間帯にやって来る常連客の1人かと思って出迎えたのだが、来店したのは新規だがよく見る顔だったのだ。


「えーと、此処でバイトしている黒文字読人って、いますか?」

「いや、今日は休みだけど。君、読人君の友達?」

「はい、そうです」

「お前さん……あぁ、そうか。孫か」


 と、昔馴染みの若い頃によく似た少年――檜垣響平を目にした紫乃は、溜息と共に頭を押さえたのだった。


「お前さん、龍生さんの孫だろ。長男の息子の」

「はい、檜垣龍生は俺のじいちゃんですけど。知り合いですか?」

「読人が友人になったと言っていたが……いつの間に、そこまで似ちまったんだい」


 紫乃の記憶にある若い頃の檜垣龍生とその孫は、頭を抱えたくなるほどよく似ていた。

 最後に彼の顔を見たのは数年前の年賀状の写真、当時小学生だった響平の顔もよく似ていると感じていたが成長したら本当に瓜二つだ。祖父と似ていない読人とは正反対である。

 響平も、50年前の祖父と同じく【読み手】に選ばれている。龍生の孫が【読み手】だと読人から聞いた。タイトルは『銀河鉄道の夜』……前回以前の【戦い】には存在していなかった、此処50年の間に新しく創造された新しい物語だ。


「お前さん、読人に会いにわざわざ岩手から東京まで来たのかい? 新幹線で?」

「空の散歩がてらに寄りました。銀河鉄道に乗って」

「貴方は馬鹿ですか」


 昔の口調で、50年前の龍生を叱るようにそう言ってしまった。DNAが仕事しすぎである。


「師匠、彼は……」

「桐乃、夏月。この子は、『銀河鉄道の夜』の【読み手】だ」

「はじめまして。檜垣響平です」


 しかも人懐っこそうな、へらっと緩む表情まで似ていて困ったもんだ。

 折角東京に来てみたので、読人のバイト先に突撃して驚かそうとしたらしいが肝心の読人が休みで宛てが外れてしまった。なので、自分がこちらに来ている事を読人に連絡しようとLINEでメッセージを送ったが……何時間も、「既読」は付かなかったのだ。

 この時の彼は、それどころではなかったから。




***




 場面は変わって、『いせのや』がある商店街。定員の「ありがとうございました~」の声を背中に受けて、チーズケーキ入りの箱を手にした読人は菩提寺へ向かうための市内バスへ乗り込んだ。

 チーズケーキのサイズは4号にしょうか5号にしようか、少し迷った。昨年までは5号サイズだったが、今年は3人+火衣で食べるので5号では大きいかと悩み小さなサイズにしようかと考えていた。しかもフードの中から火衣が7号にしろと囁いて来る、6号が飛んで7号では流石に3人家族では不自然だ。なので耳元の囁きは無視して、昨年と同じ5号サイズのホールチーズケーキを購入して黒文字家の墓がある月山寺へと向かった。

 祖父が亡くなってまだ百日も経っていないのに、葬儀の際に訪れたあの雪の日がまるで遠い昔の事のように思えた。だけども、今の方が祖父を身近に感じているのは、やはり【本】と【戦い】が影響しているためだろうか。

 チーズケーキが傾かないように、無料サービスの保冷剤の様子に注意しながらバスに揺られてこのみ野市の外れにある月山寺近くのバス停で降りる。それと同時に、線香の一本でも持ってくればよかったと感じながら寺へと向かうための階段を登って行った。

 月山寺に植えられている桜の木も満開だ。春風に揺れる枝から落ちる花弁が白い玉砂利に落ちて、墓苑へ至る白い道に薄桃色の星が光っている。

 初めて1人で月山寺に来たが、平日のお寺は随分と人気がなかった。新年度の1日目、平日の4月1日はこんなものなのだろう。時間も12時50分、昼休みもそろそろ終わりだ。


「……何だか、寒くない?」

『山の近くだからじゃないか』

「そうかな」


 吹き抜ける春風が、少しだけ冷たく感じて冬の寒さを思い出した。同時に、祖父の葬儀を思い出した……あの日は、雪が降っていた。

 雪の中で遺影を抱えながら歩いた道を、今度は火衣と共に祖父の好物であったチーズケーキを持って歩く。次の角を曲がれば黒文字家の墓があるが、そちらの方角かまた、冷たい風が吹いた。


「……? 線香の匂いが」

『誰かいるぞ』


 冷たい風に乗って鼻を擽った線香の匂い。読人が向かっていた黒文字家の墓には、先客がいたのだ。

 黒いオーバーコートを着た背の高い男性。線香に火を点けて、黒文字家の墓石の前にしゃがみこんでいたその人は、先ほど出会ったあの人だった。


「っ、あの人。さっきの……あの、おじいちゃんのお知り合いですか?」

「おじいちゃん? そうか、君が黒文字蔵人の孫だったのか……似ていないから気付かなかったよ。それじゃあ、君が『竹取物語』の【読み手】で間違いないかな」

「っ!」


 ゆっくりと立ち上がった男性がオーバーコートの内側から白い【本】を取り出すと同時に、彼の背後から極寒の冷気が吹きすさんで肌に突き刺さる。そして一瞬で、視界がホワイトアウトしたのだ。

 手に取った【本】の光は、他の【読み手】が持つ物と同じ光のはずなのに……何故か、鋭く痛い光だった。


「くれないかい。僕に、かぐや姫を」

「……そう簡単に、あげない!!」


 春が到来したはずなのに、一気に冬に逆戻り。何も見えない、真っ白に潰された世界を切り裂いたのは燦々と降り注ぐ太陽の如く明るい炎だった。

 霧散した吹雪が火衣の炎に照らされてキラキラと輝き、粉雪はちらほらと読人の頭に降り落ちる。【読み手】の不文律のマナーも礼儀もへったくれもなく攻撃して来たその人が持つ【本】のタイトルは、一目見れば直ぐに理解できた。

 男性の首に回された色白で長く艶めかしい腕、腰から足先にかけて魅力的な曲線を描かれ絹で織られた純白のドレスが肌を覆い、銀の分厚い外套を身に着けているが温かそうには感じられない。豊かな巻き毛は外套と同じ銀色で、頭の上には氷の結晶で作られたかのような華奢なティアラが乗せられている。

 全身真っ白、銀世界から飛び出て来た美しさ。だけど、その視線は透明な湖の張った早朝の氷よりも冷たく、クスクスと嘲笑う唇だけは真っ赤な色が染まっている。

 氷雪の支配者。冬を司る、冷たい心の女王――彼女の名前は、雪の女王。白い【本】のタイトルは、『雪の女王』。


「失礼。どうやら君は、一瞬で凍ってはくれないみたいだね。流石はかぐや姫の守り人と言うべきか、癪に障るが。では改めまして、【読み手】の礼儀として名乗らせて頂こう。僕は櫻庭サクラバ聖一朗セイイチロウ、【本】のタイトルは『雪の女王』……パートナーは、彼女だ」

「っ、火衣!」


 櫻庭へ抱擁を続ける雪の女王が指を淑やかに動かせば、読人と火衣の足場に切っ先の鋭い氷柱が生えて来る。一瞬でも、火衣の炎が遅れていたら脚から串刺しになっていただろう。同じく、火衣の足元から湧き出て来た炎の壁に突き当たると一瞬にして溶けて気化して、墓苑一体を支配している冷気が少しだけ弱まった。

 だが、少しだけ主導権を取り返しただけで屈するような相手ではなかったのだ、櫻庭は。

 ピュウピュウと音を立てて吹く風が、雪の女王の甲高い笑い声に聞こえる。彼女は櫻庭から離れ、外套から宝石のようなダイヤモンドダストを散らしながら凍空に塗り替えられた空に舞う。

 絹のドレスのスリットから除く白い脚に見とれていたら、次の瞬間には氷人形にされてコレクションされてしまうだろう。櫻庭の持つ【本】の光が一層強くなると同時に、冷気が一層強くなった。


『っ、読人! オレから離れるな!!』

「火衣?!」

「……氷河」


 嫌な予感がした火衣が火力を上げようとする刹那、絶対零度の大技が創造された。月山寺そのものを包み込んで、古代の氷河の中に閉じ込めてしまうほどの大氷壁が天高くそそり立ったのである。


「……っ、ひ、のえ! 火柱!!」

『うがぁ!!』


 だが、大氷壁の中に閉じ込められたのも束の間、内側から氷を突き破る巨大な火柱が立ち昇る。今の最大サイズ、軽自動車ほどの大きさに巨大化した火衣の火柱の向こうからは、鼻の頭を少し赤くした読人が現れる。

 彼はまだ凍死体になっていないし、目も死んではいなかった。


「俺は、黒文字読人。【本】のタイトルは『竹取物語』……相棒は、火鼠の衣の火衣だ!」

『よくも、折角のチーズケーキを台無しにしてくれたな!』


 蔵人のために買って来たチーズケーキは、箱ごと吹き飛ばされて凍らされて、とっくの昔にぐじゃぐじゃになってしまっていた。


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