杏入りの月餅


 瑛凛えいりん瑛明えいめいの語らいの中に、百合も加わった後。

 彼らは、一つの机に着き、お茶を飲んでいた。 

百合ゆり殿。実は、瑛明とそなたにと思っての、土産みやげを持ってきたのじゃ。あそこの風呂敷包みを、開けてもらえぬかの?」

 瑛凛は、先ほど瑛明に渡した風呂敷包みを指さした。

「えっ…………。あたしが開けても、よろしいのですか?」

「ああ。よいよい、どのみち瑛明が開けてたとしても、そなたが開けたとしても、中に入っている物は、何も変わることはないからの」

 瑛凛は、いたずらっぽく笑った。

「……………わかりました。ありがたく開けさせていただきます」

 そう言うと百合は、風呂敷包みの置いてある別の机の前まで来て、包みの結び目をほどいた。

「あっ! あんず入りの月餅げっぺいだ!!」

 包みを開け、中に入っていたふくろをのぞいた百合が、歓声を上げた。

「百合殿。もしやこれを、ご存じか?」

 瑛凛は、とても驚いた。

 なぜなら、この杏入りの月餅は、王都でもあの店しか売っていない、知る人ぞ知る銘菓だからである。

 それを知っていたとは。

「はい! この月餅は、あたしの好物の一つです。あの…………もしよろしかったら、一つ、いただいてもいいですか?」

 百合は、興奮を隠せないように、おずおずと瑛凛に問いかける。

 それを瑛凛は、笑って許した。

「ああ。どうぞ」

「やったあ! ありがとうございます、瑛凛さま!」

 元気よくお礼を言った百合が、うれしそうに月餅を手に取る。

 その微笑ましい姿を見た後、瑛凛は、弟の方を見た。

 瑛明は、姉の視線に居たたまれなくなって、あわててそっぽを向く。

 それで瑛凛は、すべてをさとった。

 ははぁ…………。そういうことか。

「して百合殿。この月餅のことは、いつ知ったのじゃ?」

 瑛凛は、瑛明のウソを追及せずに、百合にある疑問を問いかける。

 それに、百合は月餅を頬張りながら、素直に答えた。

「これですか…………? そうですね、初めて食べたのは確か……八つか九つの時でしたか。瑛明に、おすそ分けしてもらったんです。それから、大好きになってしまって」

「瑛明に、か…………」

 瑛凛は、再び弟の顔を見る。

 瑛明は、ごまかすように空ぜきをした。

「はい! こう見えても瑛明は、とっても優しいんですよ。あたしによく、いろんなものをおすそ分けしてくれます。ふふ……、何だか昔が懐かしいなぁ」

「百合!」

 姉さえ知らないようなことを言い出す百合の名を、瑛明はあせったように呼ぶ。

 瑛凛は、さらにニヤッと笑った。

 この姉、ゼッタイに自分のことをからかって、楽しんでいる。

 その証拠に、瑛凛はさらに百合に話しかけた。

「そうか、そうか。百合殿。そなたは瑛明のことを、よく知っているの」

「はい! それはもちろんです。あたしは瑛明の、一番の友達であり、幼なじみであり、再従兄妹はとこなんです」

「ああもうっ! 百合、姉上の前で、これ以上そんなことを言わないでくれ!」

 瑛凛のたくらみなど知らない百合が、次々と(瑛明にとっては)恥ずかしいことを述べる。

 瑛明は叫ぶと、百合のおしゃべりを止めようとした。

 そんな微笑ましい弟とその幼なじみの姿を見て、瑛凛は声を上げて笑った。

「はっはっは…………。瑛明と百合殿は、本当に、仲良しじゃの。しかしところで…………。百合殿は、いつもわたくしの弟のことを、"瑛明"、と呼んでおるのか?」

 瑛凛は、あえて言わなくてもいいことを、口にした。 

 瑛凛に指摘された百合は、はたと、考える。

 そして。

 額づかんばかりに、その場で頭を下げた。

「あ、はいっ。も、申し訳ございません!! 仮にも王子殿下を呼び捨てしてしまい、申し訳ございません! 今後は気を付けますからどうか、お許しください!」

 予想通りの反応に、瑛凛は笑いをこらえるのに必死だった。

 まったく寿晏(晏如のこと)といい、百合殿といい、からかうと本当におもしろい。

 瑛凛は、努めて静かにこう言った。

「よい、よい。おもてを上げられよ、百合殿。別にわたくしは、少しも怒っておらぬ。瑛明ほんにんが気にしておらなんだら、それでよい」

「す、すみません…………」

 百合は、先ほどよりもゆっくりと、顔を上げた。

 本当に、自分はヘマばかりしている。百合は、自分のことが、なさけなくなった。

「すまぬ。わたくしも、よけいなことを言ったようじゃの」

 百合が、まるで子犬の耳が垂れてしまったように見えた瑛凛は、謝罪の言葉を言った。

 反応がおもしろいからといって、ちとからかいすぎたかの。

 姉が珍しく自分から謝った、という絶好の機会を瑛明は逃さなかった。

「そうですよ、姉上。の仲なのです、よけいな口出しは、無用です」

 瑛明はしっかり、私と百合、いう言葉とを強調する。

 そんな弟のムキになって言う姿に、瑛凛は笑った。 

「ははは…………。そうか、そうか。それはすまなんだ」


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