盲人狩り
D坂ノボル
第1話 七分間
制限時間は、七分間。そのなかで、ひとりでも多くの盲人を殺す――その悪趣味なゲームを提案したのは、
「冗談でしょ、忍足さん。海水浴にでも行くつもりですか」
シルバーの指環まみれの手で、乗りつけてきた黒いパジェロのトランクを開け、そして三助はにやりと嗤った。
車のトランクには、寄り添いあう囚人のように二挺のショット・ガンが不穏な殺気を漂わせている。
「ゲームに必要かな、と思いましてね」
ショート丈のピーコートから伸びる細腕で一挺を掴み上げ、三助はそれを忍足に差し出した。忍足は溜息をひとつ吐く――そしてさっきまで頼れる武器だったダイバーズ・ナイフを、興味を失くした玩具のように、モッズ・コートのポケットに無造作にしまった。
以前から、忍足のなかで、三助の心証はあまりよくなかった。
第一、忍足は体育会系の人間の常として、軟弱な男は大嫌いだ。短く刈った坊主頭にバリアート風に走るライン、浅黒く彫りの深い風貌、一八〇センチを超える堂々とした体躯――そんな忍足と、女のように痩せこけた三助は、容姿も性格も送ってきた人生もまったくの真逆だといってよかった。ふたりが並んでいること自体が、異様な光景といえるだろう。
だけどそんな忍足も、そのときばかりは、三助とは心の底では気が合うのかもしれないな――そう思わざるを得なかった。そして、三助の手から奪い去るように、銃を一挺、その無骨な右手にしかと受け取ったのだった。
油に濡れたその銃は見た印象よりもさらに重かった。腕力に自信のある忍足でさえ意外に感じるほどの重みだった。生産性と機能性を追求し余計な装飾のいっさいないシンプルきわまるマット・ブラックの銃身――それだけに頑丈で無骨、頼もしげな重量感が両手にずしりと伝わってくる。ストックもフォアエンドも木製ではなく樹脂性だ。それがこの銃からいっさいの温かみを奪い、ただ人を殺すためだけに作られた殺傷道具特有の冷酷さをさらに強く引き立てていた。
レミントンM870エクスプレス・シンセティック――おそらく世界で最も代表的な、ポンプ・アクション式のショット・ガンだ。
「計画は?」
キーを受け取り、運転席に乗り込みながら、忍足は訊ねた。エンジンが目を醒ましたように、低い唸り声を響かせはじめる。
「盲学校に乗り込んで、盲人どもを片っ端からぶっ殺す」
助手席の三助は銃を抱きながら狂ったように嗤いだした。
「計画でもなんでもねえだろ、それ」呆れながら忍足はマルボロに火をつける。
「計画なんてね、シンプルなほどうまくいくんですよ、忍足さん」
忍足の顔を見上げるように三助はなおも嗤い転げた。
こいつ、ほんとうに、妙なクスリでもやっているのかもしれないな――おれには関係のないことだが。忍足は嫌悪感を露わにしながら、アクセルを強く踏みこんだ。
冬の風の冷たさのせいか、それとも単に田舎道だからか――田園通りには不気味なほど人の影がない。後部座席に揺れるショット・ガンが、ただ嗤うように金属音を鈍く響かせるだけである。
カンカンカン――踏切の不快な警報音が町の静寂を破った。
黄色と黒に塗り分けられた毒々しい遮断機が、まるでギロチンのようにゆっくりと降りはじめる。
黒いパジェロは止まらない。さらに速度を増し、遮断機をかわすように古びた踏切を駆け抜けていく。
夕陽のせいだろうか――レールと朽ち果てた枕木は、こびりつくような血痕でべっとりと濡れているように見えた。
のどかな風景を抜け、辺りが不吉な様相を湛えはじめる。樹々が鬱蒼と生い茂る山道に、鴉たちがわがもの顔で群がって猫の死骸をついばんでいた。気味の悪いことに、猫の死骸は、ひとつやふたつではないようだった。
黒いパジェロの接近に、鴉たちは慌てるようすもなく道を譲り、出迎えるようにガードレールの上に整列した。鳥たちのふてぶてしい態度に苛立つように、忍足はアクセルを強く踏みつけた。片手でハンドルを切りながら、ドリフト気味に薄暗い山道を蛇行していく。
車が左右に強く揺れるなか、忍足は目の前に標的の影を発見した。
ドンッ!
腹に響くような凄まじい音とともに車が大きく揺れる。
瞬間、フロント・ガラスの視界が、ふたつの黒い影で遮られた。
ひとりは男、もうひとりは女――学生服に身を包んだ、下校途中の盲学生のカップルである。
轢き殺したそれらをさらにタイヤで踏みにじり――バキバキと枯れ枝が折れるような不気味な音が辺りに響く――忍足はようやくそこでブレーキを踏んだ。
パジェロのドアを悠然と開け、ふたりは冷たいアスファルトを踏みしめた。
粘りつくような血に濡れてへこんだフロント・バンパーを、三助が心配げにひと撫でする。忌々しいことに、片方のヘッド・ライトが痛々しくひび割れていた。
「親父に怒られちまいますよ。運転、忍足さんに任せるんじゃなかったな」
三助がぶつぶつと愚痴をこぼす。忍足はなにも答えない。冷たい風が頬を切るように吹き抜けていくなか、校門の前に立つ。
忍足はマルボロの吸殻を盲学生の轢死体の上に放り投げた。三助は血まみれのまま互いを庇うように抱き合う盲学生たちの死体を、さも楽しそうに携帯電話で撮影している。
「忍足さぁん、これSNSにアップしたらまずいっすかねぇー?」
三助が間延びした声でそう訊ねる。
好きにしろよ――答えることなく忍足は周辺を見渡した。
敷地内の車庫には、通学バスがそのくたびれた巨躯を休めている。そばの花壇には雑草が伸び荒れに荒れていた。小等部から高等部までをまかなう運動場には、塗装も剥げ、錆びついたジャングル・ジムが、戦前からそこにある遺跡のように影を落としている。
不穏な夕焼け空を背景に、校舎がまるで巨大な墓石のようにそびえ立つ。隔離されるように人里から離れた、灰色の地味な建物だ。不気味だった。まるで、世界から見捨てられた、廃墟のように静かだった。
ちっ――と忍足は舌打ちした。
もう放課後らしい。
ひとりたりと逃がさないよう、とっとと殺してまわらねばならない。
埃がきらきら舞いながら光る生徒昇降口から、忍足と三助は土足で校舎に踏みこむ。蛍光灯がいっさいついていない薄暗い廊下の中央には、黄色い点字ブロックが走っている。緑色の避難誘導灯だけが、妙に明るく眼にちらつく。ドクター・マーチンの8ホールで転がっていたプラスチック製のバケツを蹴り飛ばす。
廊下の先に高い跫音が響いた――視線をやると、おそらく教師であろう、ウィンド・ブレーカーを着た大柄な人影が忍足たちに向かって駆け寄ってくる。
「おいきみたち、ここは――」
ドン――!
教師の声を遮るように、内臓に響く異音が鳴った。
瞬間、教師の巨躯が手品のように宙に浮く――血の霧に覆われながらふっ飛んだその距離、数メートル。
廊下に仆れこみ、痙攣しながら、ぶほっと大量の血を吐いた。
ふり返ると、三助が初めて聴く銃声とその圧倒的威力の余韻に酔いしれながら、端正な顔を歪めて嗤いつづけている。
見境のないやつだ――忍足はこれ見よがしに溜息をついたが、三助は一向、意に介すようすもない。
「七分間で皆殺し――用意はいいですか、忍足さん?」
忍足はそっとうなずいてスマートフォンの時計を眺めた。午後四時四八分。
五五分になるまでに、すべてを終わらせねばならない。
だけど、ショット・ガンが二挺あれば、制限時間内でクリアするのにとりたてて難しいゲームではないだろう。
七分間――それは通報を受けた警察が事件現場に到着するまでの全国平均時間である。
「七分もあればじゅうぶんだ。行くぞ、三助」
ジャキン!――三助は子どものように無邪気な表情でフォアエンドをスライドさせ、次弾を薬室に装弾した。
それが、ゲーム開幕の合図だった。
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