壊れた日常と新しい日常

十(じゅう)

壊れた日常と新しい日常 

 つい数分前、三絵は自身の身体がうっすらと光っていることに気づいた。

(何これ。冗談よしてよ……。ホタルじゃないんだから)

 三絵がそんな事を思っていると、三絵の意志とは関係なく、全身からレーザー光が生成された。 

 その光は公園の木々にぶつかり、葉や枝が激しく揺さぶられた。

 三絵はその時何が起こったのか分からなかった。

 だが、おそらくまずいことをしてしまったということだけは理解し、急いでその場から立ち去った。


 三絵は息を切らしながら自宅へ戻り、自分の部屋に入った。

 そして何が起こったのかを徐々に記憶から理解したのち、三絵の心の中には、うっすらとした高揚感が浮かんだ。

 昨日まで特に取り柄が無かったのに、突然こんな力を手に入れて。

 三絵は携帯電話を手に取って、友達にメールを送った。

『ねえ、明日いいもの見せてあげる』

 すると、友達からすぐにメールの返事が返ってくる。

『奇遇だね。……実は私もなんだ』

  

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 三絵の能力は、光を操る能力。

 友達の能力は、自身が動く速度を劇的に早める能力。

 二人は能力を見せ合って面白がっていた。

 ……その時、まだ三絵は気づいていなかった。

 それは、その『兆候』が小さかったからでもあったし、見知らぬ能力の面白さが、その兆候を覆い隠してしまっていたからでもあった。

 

 次の日。

 三絵が登校すると、クラスの3分の1が居なかった。

 時刻が午前9時を過ぎても、その人数にさほど変化は見られなかった。

「あの、先生」

 三絵は担任の先生に尋ねる。

「他の人はどうしたんですか?」

「……」  

 先生は何も言わずに板書を続けた。


 さらに数日後。

 三絵は、クラスに一人で座っていた。

 時刻は午前10時30分。

 同じクラスの生徒はだれも登校して来なかったし、先生も来なかった。

 三絵は不安を覚え、教室のドアから廊下に出た。

 すると廊下の向こうに、顔色がひどく青ざめた生徒を一人だけ見つけた。

 三絵が近づこうとすると、その生徒は三絵に背を向けて、全力で逃げ出してしまった。


 三絵は明らかに異常さを感じ、携帯でニュースを確認した。

 関連性のありそうな情報はほとんどなかった。だが、真偽不明で少し気になる情報があった。

 

『人類は、未知のウイルスに侵されている』


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 三絵はそれから程なくして、自身が望む望まないに関係なく、戦いを強いられる事になった。

 三絵とは違った能力を持ちながら、人間としての意識を失った人々が、次々と三絵の前に現れた。

 三絵は、友達と能力の見せ合いっこをした時のような余裕は欠片も無かった。

 自分が思いつく全ての力を使って、暴走した人々を退けた。


 そういうことを昼夜繰り返したのち、三絵は呆然としながら歩道を歩いていた。

 そして、しばらく食べ物を口に入れていないことに気づき、近くの商店に立ち寄った。

 そこで店番をする人は居なかった。

 三絵はお菓子を掴み、誰も居ないカウンターにお金を置いた。

 カウンターの奥で何か大きなものが横向けになっていたが、そちらを見る事は出来なかった。


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 クラッカーを齧っているうちに、口の中に生温かい液体が入ってくるのを感じた。

 三絵は、涙が頬を伝って口の中に入っていることに、ようやく気付いた。

 けれど、次の瞬間には新たな能力を持った人々がやってきた。

 クラッカーは道路に落ち、戦いのさなかに粉々になった。


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 三絵は、ドス黒い表情を浮かべていた。

 そんな時、一人の女性が三絵に近づいてきた。

 三絵は、瞬間的に光の矢をその女性に向けて放っていた。

 短慮と言われればそれまでかもしれない。

 だが三絵はここ最近、一瞬の判断の誤りがどういった結果を生み出すかという事を、後悔という感情とともに記憶していた。

 その女性は、爪から糸のようなものを出し、容易く光の矢をかき消した。

 まるでこういう事に慣れていると言わんばかりに。

 その女性の落ち着いた様子が、三絵を堪らなくいらつかせた。

 三絵は、光で自身の残像を作りだして一斉攻撃を試みた。

 しかし、まるで先読みされているかのごとくかわされてしまう。 

 今度は光のレーザーを照射するが、それも爪から放たれる糸で分散されてしまう。 

 その女性と、三絵との戦闘経験の差は明らかだった。

 三絵が怒りにまかせ、周囲の全てを光で包み込み破壊しようとしたとき。

 その女性は、三絵の両手を掴んだ。

「それ以上力を使ったら、あなたも暴走してしまうわ」

「離してよ! あなたも私を殺しにきたんでしょう!!」

「私はあなたのような人を保護しに来たの」

「そんなの嘘よ! あなたも私が戦闘の合間に食べるクラッカーさえ踏みつぶしにきたのよ!」

「……ふーっ。少しは落ち着きなさいっ!!」

 その女性が大声を出すと、三絵はびくっと怯えた様子を見せた。

「ごめんね」

 

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 三絵に声をかけた女性は、UGN(ユニバーサル・ガーディアンズ・ネットワーク)という組織の一員で、玉野椿と名乗った。

 UGNとは、三絵のように未知のウイルス――レネゲイドウイルスと呼ばれる――に感染して人間の力を超えた能力を手にしたオーヴァードと、純粋な人間が併存する事を目的とした組織である。

 玉野椿はUGNの中で、三絵のようにオーヴァードとなった者を保護・育成する役割を持っていた。

 オーヴァードとなった者にとっては、自身の力をコントロールする力を身につけるメリットがあり、UGN側としては組織を運営する上での人材を得るというメリットがあった。

 M市の廃ビル群と、今は使われていない工場地帯の中間地点にUGNの支部は存在した。

 三絵は、その支部のビルの一室で、椅子に座り黙ってスープを啜っていた。

「どう? 落ち着いた?」

 玉野椿が三絵の前に現れる。

 三絵は、玉野をぼんやりと見上げた。

「これから、あなたにはオーヴァードとしての力を制御する術を身につけてもらうわ。そして、自分をコントロールできるようになったら今度はUGNチルドレンの教育をしてもらう。……今まで私が教育担当だったんだけど、人手が足りなくて困ってたのよ」

「……」

「まあここは、あなたが居た世界みたいに、そう簡単に壊れたりしないから安心して」

 三絵としては、つい先ほど会ったばかりの人を信用するほどの心持ちにもなれなかったが、それでも、一人で暴走した人間たちと立ち向かっていた時よりは安心感を覚えていた。 

「それじゃあ、よろしくね」

 玉野椿は三絵と握手した。

 玉野は三絵の手が震えていた事に気づいていたが、その事について何も言わなかった。


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 その後、三絵は、面倒がかかるが刺激もあるUGNチルドレンたちの教育担当として過ごしていくのであった。

「ちょっとーっ! あんたたち、筋肉で無理やり傷口ふさげる能力もってるからって無茶な遊び方するんじゃないわよーっ!!」

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壊れた日常と新しい日常 十(じゅう) @lp1e6

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