とも-影-だち
私がまだ5歳くらいの頃、近所の公園で仲良くなった子がいました。
歳は覚えていませんが、小学中学年くらいだったと思います。
公園には、毎週土日の午後に母と立ち寄っていて、母が友達とお喋りに夢中になっている中、その子に誘われて母が帰ろうと言うまで遊んで待っていました。
彼女は決まって4時には帰る子だったので、母にとっても有難かったと思います。
「綺麗な子ね~」
見た人は母を含め、必ずそう言いました。
きめ細やかな白い肌と、対照的な真っ黒の、波打つように靡く長い髪と、人形のような端麗な顔だちの、非常に美しい子だったことは今でも鮮明に思い出せます。
毎回日陰で遊ぶので、多分、透けるような白い肌はそれが原因なのでしょう。
いつだったか、普段もそうしていると聞いたことがあります。
何故そうしているのか気になった私に対し、彼女は
「おひさまが怖いの」
とだけ言いました。
私は特に深く考える年頃でもありませんので、「ふーん」とだけ返して、また拾った枝で地面にお絵かきをすることに戻りました。
「きっと肌か、身体が弱いのよ」
そのうち、周りはそう捉えるようになっていました。
「ねえ、影踏み鬼しない?」
いつもと同じように日陰で遊んでいると、彼女は何の前振りもなくそう言いました。
お絵かきやままごとでもなく、"影踏み鬼"は割と身体を動かしますし、日の照る場所ではないとできない遊びです。
私はいつもとは違う遊びに対し、なんだか楽しく、嬉しく感じ、すぐに頷きました。
今思えば、すべてはこのためだったのだと思います。
「最初は私が鬼になるから、がんばって逃げてね!
影には5秒だけ入れること。それ以上は反則で、鬼を代わってもらうから!
じゃあ始めるよ?よーー…い………スタート!!!!!」
彼女の合図とともに、私は日陰を飛び出し、すぐ横の植木の影に入りました。
それから夢中になって逃げ続けましたが、やはり限りがあるもので、とうとう次の影がなくなってしまいました。
私は「でも次は負けないぞ」と心で強がり、近づく彼女を見ました。
彼女はこれまでにない歪な笑顔で私の"影"だけを見つめ、
「影、つーかまーえたっ」と、それはそれは嬉しそうに踏みました。
「次はあなたが"鬼"」
そうして公園の外へ歩いていく彼女を、追いかけようとしたときでした。
私 の 影 が あ り ま せ ん
日に背を向けているので、自分の目の前に現れるはずの影がまるで無く、私は"私だけ"が立っていました。
「うふふ、驚いたよね?」
そう彼女が振り向くと、持ち前の長い黒髪が、日照りによって艶やかに映り、ふわりと風に乗りました。
「これでおひさまも怖くないわ。だって私、影が"できた"んだもの。」
先程の歪なものではなく、誰もが魅了されるような笑顔です。
「ごめんね、ありがとう。多少小さいけど、そのうち丁度いい大きさになるだろうから我慢するわ。」
咄嗟に、彼女についている私の"影"を踏もうと走ります。
「あ、待って。"私の"を踏んでもダメよ?一度離れたら、もう一度なんてこと無理だもの。」
髪をかき上げて苦笑してみる彼女は、見た目は非常に美しいのですが、その時、本当は何を思っていたのかは、もう少し後になってわかりました。
「大丈夫、"私と同じようにすれば"あなたも"影"ができるから。」
そうして近づき、頭を撫でてきたので、視線を足元へ移しました。
さっきまで私の"影"だったものが、彼女の動きに合わせて動きます。
さっきまで私の"影"だったものが、彼女から伸び、私を"ついでに"覆いました。
「次はあなたの番。」
さっきまで私の"影"だったものが、彼女と合わせて私から離れます。
「あ、おひさまの下はダメよ?影が無いのがバレちゃうから。」
彼女が公園の外に出ました。
此処まで見送るのは初めてのことでした。
「ごめんねー!もう"5時"になっちゃった!帰るわよーー?!」
後ろのほうから母の声が聞こえます。
「じゃあね。さようなら。」
軽く私に手を振って別れを告げる彼女は、おそらくもう二度と会うことはないでしょう。
実際、未だに彼女の居所どころか、名前すらわかりません。
帰路はとにかく恐怖でした。
母は当然のこと、周囲を行き交う人たちが影の無い自分に気付いたり、異様に思われ嫌われるかもしれないという不安もありましたので。
まして、影が伸びる夕方です。
この出来事から、日々、不安と恐怖に押しつぶされそうになり今まで生きてきました。
そうして一応、いい歳の大人になりました。
影は無いままです。
日中の外出はなるべく避け、日陰や真っ暗な夜道を重視して過ごしています。
ですので、これまで文字通り"日の無い日々"を送ってきました。
彼女と同じように影を"奪う"ようなことは、私にはできません。
しかし、譲っていただけるとなると話は別になります。
これを見たあなたにお聞きします。
私と影踏み鬼をしませんか?
もちろん、鬼は私です。
そして負けたら、あなたの"影"を私に譲っていただけませんか?
…私の肌は澄んだように白く、肌と同様に日に焼けないので、髪もそのまま真っ黒で艶やかです。
周りは「肌か身体が弱いのだろう」「病気なのだろう」「描いたような姿だ」と言います。
違うのです。
私はただ
お ひ さ ま が 怖 い の で す 。
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