全部、忘れちゃおうよ
梯子田ころ
プロローグ 幼い約束
今日で何もかもを失う。そんな気分でいるべきだ。
それぐらい、僕の決心は固かった。誰にも止められない。
僕は長野で生まれ、8歳の時までそこで育った。
8歳になったとき、非情にも両親は離婚した。父親が浮気したのだ。
それから、母親の実家がある千葉に移った。母は新しい旦那(僕にとっての新しい父)を迎え、なんとか僕を育て上げ、そして僕は大学にまで入ることができた。
問題はそこなのだ。
僕はなんだか一連の流れ作業みたいに、高校に入り、出て、大学にはいった。
それが来るべき道である気がしたからだ。
通らなくてはいけない道のり。そんな気がしていた。
高校を出て、あらゆる制約から解き放たれた時、僕はふと思ったのだ。僕の生まれた街のことを。
そのときは町名ぐらいしか覚えていなかった。
でも、この高度情報社会、インターネットにそれをいれれば、詳細な情報だけでなく、航空写真だって、なんだって知ることができる。いちいち記憶がよみがえるのを待つ必要などないのだ。
そんな風にして、検索窓にその言葉をいれると、簡単にヒットした。
急に記憶がよみがえった。
幼い頃の、幼い約束。
「ねえ、シュウくんはさ、将来、何になりたい?」
「ええっと・・・パイロット、かなあ」
「へえ!すごいね!飛行機運転する人、でしょう?」
「そうだよ」
「すごい!応援してるね!」
「カズネちゃんは何になりたいの?」
「私はね・・・・うーんと・・・・。わかんない!」
「そう・・・。そう。あのね・・・。」
「うん、なあに?シュウ君、顔がちょっと怖いよ?」
「僕さ、引っ越すんだ。千葉県ってところに。おっきな街なんだって。ここよりずっと便利だって言ってた」
「うん・・・。私も、ママから聞いたよ。シュウ君引っ越しちゃうって。明日、行っちゃうんでしょ?」
「うん。うん・・・。」
「そっか。そっか。でも・・・会えるよね?電車でいけるよね?私、電車ね、一人で乗れるんだよ?」
「ううん・・・、いっつも千葉のおじいちゃんち行くときは、車で高速道路走るんだよ。すっごく遠い。電車で行くのは面倒くさいって言ってた」
「そっか・・・。そか。じゃあ・・・もう二度と会えないのかな?」
「そんなことないよ。僕は絶対・・・カズネちゃんに会いにいくよ」
「本当に?会いに来てくれるんだね?」
「うん・・・。会いに来る。絶対に。」
「じゃあ、車に乗れるようになったらだね?」
「そう・・・だね」
「車にはいつ乗れるのかな?」
「免許、っていうカードが必要だって言ってた」
「免許はいつ取れるのかな?もうもらえる?」
「18歳。高校生を卒業したらって・・・」
「そ・・・っか・・・。そうなんだ・・・。それは遠いね。だって・・・。高校生って・・・。わかんないや」
「僕・・・。僕・・・。ゴメン。」
「ううん。シュウ君悪くないよ。きっと、誰も悪くない。ちょっと、ちょっとだけ、運勢が悪かっただけだよ・・・。あれ・・・でもおかしいな・・・。今日私ランキング1位だったのに・・・。おかしいね」
「・・・・ゴメン」
「謝らないで。謝らないでよ・・・。私、待ってるよ?私ね・・・」
そのとき、カズネちゃんは、そのとき人気だったキャラクターの便せんをバックから取り出だす。
「これ・・・。これ・・・。ママに手伝ってもらったの。明日、みてね」
「うん・・・今は見ちゃだめ?」
「だめ。明日見てね?絶対だよ?」
「わかったよ。明日見るね」
「明日は何時に出発するの?」
「それは誰にも言っちゃ駄目って言われた。ゴメンね・・。」
「そっか・・・そっか。」
「じゃあ、おうちに帰ろう?うちのひとがみんな心配するよ、きっと」
「ねえ、手つないで?」
「手?」
「好きな人と好きな人は手を繋ぐと、おしゃべりしなくても気持ちが伝わるんだよ?ママに教えてもらったんだ。手を繋いで、じっとするの。おうちに帰る前に、ここでちょっとだけ手繋ご?」
「カズネちゃん・・・、おませさんなんだね」
「そんなことないよ」
カズネちゃんはそっと僕の手を握った。
僕は幼いなりに、ちょっと紳士ぶって優しく握り返した。
カズネちゃんの目からは、ポロポロと涙が落ちた。ヒック、ヒックと嗚咽を繰り返した。
僕たちはわかっていた。これが永遠に近いほど、悲しくて遠い別れなんだと。
きっと、きっともう二度と会えないんだと。
これは、僕が引っ越す3年前、幼稚園生の頃かいたものだ。
『みどりがおかようちえん らいおんぐみさん みんなのしょうらいのゆめ
赤城 しゅう ぼくのしょうらいのゆめは、かずねちゃんのだんなさんになることです。
松田 かずね わたしのしょうらいのゆめは、シュウくんのおよめさんになることです。』
あの涙を、僕はあるとき夢で思い出した。
僕は別れを告げた次の日、明け方に千葉に向けて出発した。
便せんには、何枚か二人で写っている写真と、住所や電話番号などが書かれた手紙が入っていた。カズネちゃんは、自分の家の住所を覚えていなかったから、きっと母親にでも聞いて一生懸命書いたのだろう。『お手紙も、電話もどっちもしてください。』そんな言葉で締めくくられていた。
手紙はそのあと、送ってみた。だけど、返送されてしまった。きっとカズネちゃん番地を間違えてしまったのだろう。母にきいてみたが、長野との縁を完全に絶ちきることを望んだ母は教えてはくれなかった。
そんな訳で、電話もなかなかするにできなかった。
僕がカズネちゃんに電話することで、母が怒るのではと恐れたのだ。
ひどい話、僕も新しい生活への期待で、カズネちゃんのことを忘れるべきだと考えるようになっていた。
そして、月日が流れて。僕は千葉の女の子を好きになるようになってたし、長野のことなど殆ど忘れてしまっていたのだ。
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