第18話「ずっとこれからも」
病院に入ってから階段を駆け上がり、病室の前まで来ると看護師さんが出てきた。
走ってきたせいか少し睨まれたが、すぐ真顔になって中へ通してくれた。
そして中を見ると、ご両親がベッドの前で椅子に座っていた。
美咲さんは静かに眠っているように見えた。
あの時と同じように。
「あ、篠田さん……よかった。間に合って」
お母さんが振り返ると涙ぐみながら言った。
「え、間に合ったって?」
聞くと美咲さんはまだ息はあるが、もう回復の見込みが無いと。
そ、そんな……。
またあの時と、みっちゃんと同じように……。
また……。
「篠田君、来てくれてありがとう。さ、美咲の側に」
お父さんが立ち上がり、弱々しい声で僕を美咲さんの方へと促した。
そして
「……母さん、もし美咲がそっち行ったら追い返してくれよ」
俯きながら小さな声で言った。
そうだ、まだ諦めちゃいけない。
まだ……。
僕はベッドで寝ている美咲さんの手を握って話しかけた。
「美咲さん、ずっと来なくてごめんね……あのね、僕は自分がいたら皆不幸になる、ってずっと思ってた。両親も友達も、みっちゃんも、そして美咲さんも僕がいたからこんな目に、ってずっと思ってた」
ご両親は何も言わず黙ってじっと僕達を見てくれていた。
「だから僕がここに来なければ美咲さんはと思った。けどこうなっちゃった」
一言一言ゆっくり、たとえ聞こえてなくても全部話そう。
何故かそう思った。
「そしてさ、それなら僕がいなくなればいい、そうすればもう誰もと思った。けど」
それを止めてくれた人がいた。
好きになってくれた人がいた。
他にも僕を見守ってくれてた人がいた。
それに気づいたからか、あり得ない事が起こって早くここに来れた。
あまり上手く言えないけどさ、こんなに想われていたんだと今頃わかった。
僕は涙を拭う事もせず、ずっと話し続けていた。
そして
「でも正直まだ不安だよ。僕がここにいたら、美咲さんは戻ってこれないんじゃってさ」
そう言った時、美咲さんの手が動いて、僕の手を握り返した。
「え?」
僕は驚きながら美咲さんの顔を見た。
すると……。
「……大丈夫ですよ~」
美咲さんがそう言って、目を覚ました。
「え、み、美咲さん?」
「え、ええ!? み、美咲!?」
後ろでご両親も驚いている。
「あはは~、ただいま~」
美咲さんはあの時のような、出会った時のような笑顔でそう言った。
「え? あ、あの、お、おかえり」
僕はしどろもどろになりながら言うと
「って、見てましたよ~ずっと」
「え?」
というか美咲さん、さっきまでやばかったって口調じゃないよ。
「わたし夢を見てたんですよ。でもあれは夢じゃなかったんですね~」
「え、それって?」
「わたしは夢の中でずっと健一さんの隣にいたんですよ~」
へ?
「あれからずっと……で、ある時後ろから小突かれたんで振り返るとね、健一さんの元カノだって人がいたんですよ~」
え、それってまさか?
「聞いたらその人、名前は美幸さんって言ってましたよ」
美咲さんにはみっちゃんの事は話してない。
さっきも「みっちゃん」としか言ってなかった。
じゃあ、本当にみっちゃんと?
「でね、話を聞いていたら、そうだったんですね」
美咲さんは暗い顔になって言った。
……そうだね。
僕がいたからみっちゃんは。
「美幸さん、泣きながら『健ちゃんに回るベッドがある所へ無理矢理連れてかれた~!』って。それわたしもやられた~! って二人で抱き合って泣いて」
僕は思わず美咲さんにデコピンしてしまい、そしてたぶんここだろうと何もないとこにもデコピンして
「誰がいつそんな事したー!?」
そう叫んでしまった。
「し、篠田君、落ち着きなさい。そんな事してないのはわかってるから」
お父さんが僕の肩に手を置いた。
「全くこの娘はもう……目が覚めたかと思ったらいつもの調子で、うう」
お母さんは泣いていたが、悲しんでないのはわかる。
何か少し笑ってるようにも見えるが。
「痛い~、冗談なのに~」
ちょっと涙目になっていた。
しかしこの娘本当にさっきまで死にかけてたのかよ?
って、それはいい。
「で、本当は何話してたの?」
「それはですね……」
美咲さんは夢(?)の中でみっちゃんにいろんな事を聞いたそうだ。
僕とどこで出会ったかとかどうしてたとか。
みっちゃんは亡くなってからもずっと僕の側にいたって。
だから美咲さんの事は知っていたと。
そして僕がここに来る前に、香織さんと話してたのをみっちゃんと二人で見ていたと。
美咲さんはそこで意識が途切れ、気がついたら僕が話してる声が聞こえたと。
本当に側にいてくれたんだ、二人共……。
でなければ分かるはずがない。
……ありがとう。
そして美咲さんが言った。
「健一さん。私ね、あなたといるのが一番幸せなんですよ」
「え?」
「たとえどんな事があろうとも、たとえこのまま死んじゃってたとしても側にいれたらって言ったら美幸さんに怒られちゃいました。『生きて健ちゃんの側に居てあげて。それが一番だから』って」
「……うん、そうだよ。美咲さんがいなければ意味が無い。だから」
そう言った時だった。
カーン……。
カーン……。
何処からとも無く鐘の音が聞こえた。
「あれ、これって聖夜の鐘ですよね?」
「そうかも。でもこの辺りに教会なんてなかったはず。あ」
「雪が……」
窓の外を見ると雪が降っていた。
その雪は光の加減なのか、桜吹雪のように桃色に輝いて舞っている。
思い込みかもしれないが、それは僕達を祝福してくれてるように見えた。
僕達はしばらく窓の外を眺めていた。
気がつくとご両親は部屋からいなくなっていた。
気を利かせてくれたんだと心の中で感謝した。
しばらくの後
「……たとえどんな事があってもさ、僕は美咲さんとずっと」
「ええ。わたしもずっと……これからも二人で」
僕達はそっと唇を重ねた。
そして……。
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