第1話「二人が出会った日」

 終業の放送が流れてきた。


 今日のノルマも終わり、パソコンの電源を落として窓の方を見た。

 外はもう薄暗く、遠くにある駅の明かりが見えていた。


「さてと、ではお先に」

篠田しのだ君、ちょっと待って」

 席を立とうとすると課長に呼び止められた。


「はい? 何か?」

 課長、何の用だか知りませんがもっと早く言ってくれませんか。

 もう帰りたいんですけど。

「いや、例の件は考えてくれたか?」

 例の件?

 あ、そうだ。


「申し訳ありませんが、やっぱ僕にはまだ早い気がして」

「そうか。いや、相手さんは君より六歳も年上だしな。俺も本当は薦めたくはなかったんだ。すまんな」


 課長は座ったまま手を合わせてそう言った。

 本当に申し訳なさそうな表情をしている。

 僕も申し訳なく頭を下げた。


「いや気にしないでくれ。あ、先方には俺から断り入れとくからな。それじゃお疲れさん」

「はい。失礼します」


 そう言って立ち上がると鞄を持って部屋を出た。


 ん?

 何の話だったのって?

 いや、取引先の社長さんが娘さんのお見合い相手を探していてさ、たまたま課長とそこを訪問していたこの僕、篠田健一しのだけんいちを気に入ってくれたらしい。入社三年目の冴えない営業マンである僕のいったいどこがよかったのだろうか?

 まあ、まだ早いからってだけじゃないんだけどね。僕は


 会社を出てまだたくさんの買い物客で賑わう商店街中を歩くこと十分で各停しか止まらない小さな駅に着いた。


 ホームに入ると多くの人で混雑していた。帰宅ラッシュ時だしいつもの事だが何でこの駅はこんなに混雑するのに快速が停まらないんだろなあ。


 そしていつも混んでいる電車がやってきた。今日はどうかな? と乗ってみるとやはり席など空いてなかった。

 ああ、たまには座って帰りたいなあ。と思いながら窓に映る景色を眺めていた。

 

 自宅の最寄り駅である県で最大のターミナル駅に着き、改札を出るとどこからともなく金木犀の甘く芳しい香りがした。

 そうだ、今日は気晴らしに遠回りして帰ることにしよ、そう思い立って歩き出した。 


 下町風情が残るこの町並み。駅からちょっと歩けば大きな神社があって夏になればだんじり祭りや花火大会も開催される、そんな町に僕は住んでいる。


 お、あんな所に新しいマンション建てているな。こっちにはあんなのが。


 いつもと違う道を歩くと新たな発見があるな、おや?


 僕はある場所で立ち止まった。

 そこにあったのはこぢんまりとしているがちょっとお洒落な感じの花屋さんだった。

「へえ、こんな所に花屋さんがあったんだ。まだやってるみたいだな」

 僕は気になったので店を覗いてみる事にした。こう見えても花は好きだし。

 

 壁には大きなコルクボードが貼り付けてられていて、そこに絵や花飾りなどが可愛らしい花の形をした押しピンで止められていた。

 そして棚に置かれているものを眺めると

「へえ~、造花は綺麗だし小物は可愛らしくていい感じだな。それに何か暖かさを感じるな」

 この店は生花や鉢物もあるが、どちらかと言うと造花や花にちなんだアクセサリーなどが多いようだ。

 しかもどれも安いよ。これ全部他所だと倍近くすると思うけどなあ。利益あるの?

 そう思っていると


「あ、いらっしゃいませ~。何かお探しですか~?」

 店の奥から出てきたのは葉っぱのマークが入ったピンクのエプロンの似合う女性だった。

 茶色がかったセミロングヘアで背はやや小さめ。そして目がぱっちりして子供っぽさが残る笑顔がとても眩しく見えた。


 これが僕と彼女の出会いだった。

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