14-3


「くだらない、だと……?」

「ああ、くだらないね。それとも、しょうもないとか、言って欲しいのかな?」


 どうやら、こちらの態度がかんさわったらしく、不機嫌そうに眉根を寄せた神宮司じんぐうじに対して、俺はあくまでも上から目線で、挑発を繰り返す。


 それでは、そろそろ教えてやろうじゃないか。


 あいつが、神宮司権現ごんげんが、どれだけ間抜けな男なのかを。


「これは必要な犠牲だ? いやいや、笑わせるなよ」


 俺は余裕たっぷりの態度を見せながら、肩をすくめてみせる。


 そのあきらかに、相手を馬鹿にした態度に、神宮司の不快感が、さらに高まるのを感じるが、なに、かまうことはない。


 主導権を握っているのは、こちらの方なのだから。


「犠牲が必要なんていうのは、結局のところ、犠牲を払わなきゃ、目的を果たすことすらできない無能の言い訳なんだよ。あんたは手段を選ばないんじゃない。選べないことから目をそむけて、必死に言い訳を並び立ててるだけだ」


 なんて、言い切ってしまったけれど、それだって、あくまでもケースバイケースであることは、俺にだって分かっている。どうしようもない状況というやつは、どこにだって転がっているし、それが避けられない悲劇も、否定はできないだろう。


 しかし、今はそんなこと、関係ない。そう、まったく関係ない。


 これは、あくまでも、信念の問題だ。


「それが格好つけて、偉そうに講釈をれてるんだから、無様ぶざまったらないね。これで笑うなっていう方が、無理な話だ。ある意味、拷問だよ、拷問」


 だから、俺は笑う。思い切り、嘲笑あざわらってやる。


「まともにやったら、悪の組織に勝てません。外国にも負けてしまいます。だから、力を得るために、国民と首都を犠牲にします? いやいや、本末転倒だろう」


 さあ、信念を捨てた、あわれな正義の失格者を、笑い飛ばしてやろう。


 悪の総統らしく、堂々と。


「守りたいものを、自分の手でぶっ壊しておいて、守護者を気取るなんて、まったく滑稽すぎて、意味が分からない。自己矛盾も、ここまで極まると見事だね」


 これが、神宮司権現に対する、俺からの正直な感想だ。


 この国を、そこに生きる人々を、身勝手な理屈で傷付け、えつに入り、あまつさえ、それを正しいと思ってるなんて……。


 本当に、虫唾むしずが走る。


「守ると決めたなら、しっかり全部、守って見せろよ。それができないなら、素直に白旗でも、振ればいいんじゃないかな? 別に、誰もあんたを責めないさ」


 というわけで、俺は精一杯の皮肉を込めて、目の前の男を侮辱ぶじょくする。かなり私情が入っているが、これくらいの方が、真実味も出て、丁度いいだろう。


「それは神宮司権現という男に期待した、全ての人間が間違ってただけなんだから、仕方ないさ。仕方ない仕方ない、本当に、しょうもない話だ」


 さすがに、ここまで言われて、怒りをいだかない男は、いないはずである。


「こんなのが、正義の味方の統括者だなんて、この国の未来は暗いったらない。いやはや、悪の組織としては、嬉しい限り……。はーっはっはっは!」


 俺はトドメとばかりに、目の前で、なんの意味もない瓦礫の山にしがみついている無様な王様気取りに向けて、高笑いを上げてやる。


 とりあえずは、こんなところで十分か。


「やっぱり、俺たちが国を治めた方が、いいんじゃないかな? はははっ!」


 最後に、露骨なくらいに挑発してやれば、準備は完了。


 あれだけ余裕の表情を浮かべていた神宮司の顔面が、まるで能面のうめんのように変わり、隠しきれない怒気が、その身体からのぼっているのが見えるようである。


 よしよし、いい傾向だ。


「……まるで、お前なら、なにかを捨てなくても、全ての問題を解決できるみたいな口振りじゃないか、シュバルカイザー……!」

「ああ、そう言ってるんだけど、どうやら伝わってるみたいで、一安心だ。なんとか日本語は通じてるみたいで、よかったよ」


 さあ、喰い付いた。こうなってしまえば、主導権は完全に、こちらのものだ。


 それでは、奴の醜態しゅうたいを暴くのは、もうこのくらいでいいだろう。


「そう、俺はなにも、捨てたりしない」


 ここからは……。


「悪の総統だからな、強欲なんだよ。それなりに」


 俺たちの時間だ。


「な、なんだ、あれは……!」

「ああ、紹介するよ」


 神宮司の目からは、突然現れたように見えたのだろう、この荒れ狂う夜空の中で、悠然と浮かぶ一隻いっせきの真っ黒な飛行船の登場に、驚きの声を上げている。


 しかし、こちらとしては、ここまでまったく予定通りなので、俺は余裕を持って、慌てた姿を見せる瓦礫の王へと、状況を説明してやるために、口を開く。


「俺の大事な、仲間たちだ」


 さあ、万感の思いを込めて、胸を張って、教えてやろう。


 これこそが、俺たち悪の組織なのだと。


『お待たせしました。準備完了です』

『よっしゃー! やったるぜー!』

『お楽しみは~、ここからよね~』


 修理と改修を終えて、その船体を真っ黒に塗り直し、以前はマジカルセイヴァーの移動手段として使っていた時とは、大幅にイメージチェンジした飛行船の側面に投影された巨大モニターに、すでに変身しているデモニカとレオリア、そしてジーニアの姿が、ハッキリと映っている。


 うんうん、みんな元気そうで、なによりだ。


『そらそら! おろかな正義の代弁者に、目にモノ見せてやろうかの!』

『……しかし、仮にも国家守護庁こっかしゅごちょうの統括ともあろう者が、こんな蛮行ばんこうに及ぶとはな』

『本当に、信じられないわよね。さすがに、怒っちゃうんだから!』


 そして、続いて映し出されたのは、気勢を上げている祖父ロボと、これ見よがしに嘆息たんそくしている親父に、分かりやすく憤慨ふんがいしてる母さん……。


 さらに、その後ろで、大勢のヴァイスインペリアル戦闘員に囲まれながら、驚きと焦燥の顔を浮かべて、力無く座り込んでいる、政治家の皆さんだった。


「馬鹿なっ! なぜ奴らが、そこにいる……!」


 どうやら、完全に始末できたと思い込んでいたのだろう、国会議事堂にいたはずの議員たちが、全員揃って、俺たちに確保されている様子に、神宮司が驚いている。


 まあ、それも当然か。奴からしてみれば、まさに青天せいてん霹靂へきれきだろう。


「ああ、答えは簡単だよ」


 だから、親切な俺は、ちゃんと教えてやることにする。


 お前のしたことは、全部無駄だったんだよと。


「あんたたちの作戦が実行される前に、俺たちが彼らを、誘拐してたってだけさ」

「なっ……!」


 そう、俺たちだって、馬鹿じゃない。議事堂の様子は、もう探っていたのだから、その不自然な集合には気付いていたし、そんな状況で八百比丘尼やおびくにが動いたとなれば、どんな事態が起こるのか、その方法は分からなくても、察するくらいはできる。


 だったら話は簡単だ。


 その事態が始まる前に、対策してしまえばいい。


 まあ、別に奴の思惑に、完璧に気が付いていたとかではなく、ただ単純に、なにが起きてもいいように、一番手っ取り早く、確実な手段をとっただけなんだけど、別に馬鹿正直に、それをわざわざ教えてやる必要はないだろう。


 悪の総統なんてしていると、時にはハッタリも必要なのである。


「ああ、ついでに教えておいてやると……」


 とはいえ、俺の言ってること自体は、嘘でもハッタリでもない。


 そう、ただの事実だ。


「この街も、ここに住んでいた人たちも、実は全員無事だから、安心してくれ」

「……はっ?」


 あっさりと俺が告げた真実に、神宮司は目を丸くして、口を開き、間の抜けた声を漏らしながら、身動ぎすらできなくなっている。


 しかし、奴にとっては残念だろうが、これこそが現実だ。


 俺たちは最善を尽くし、万全ばんぜんしたのである。


「あんたの側に、仲間か友達でもいれば、すぐに分かったと思うんだけど、少し前に俺たちの設置した装置が発動して、住民は全員、安全な場所に移動してる」


 とりあえず、驚きのあまり固まってしまった神宮司に説明してやるけれど、実際のところ、俺たちがしたことは、シンプルだ。


 ヴァイスインペリアルには、使用することで、指定した範囲内の生物を全て、別の場所へと強引に移動させてしまう強制セーフティスフィアという装置がある。


 これはもちろん、ジーニアの発明品なわけだけど、前まではあくまでも、俺たちの街でしか使えなかった装置は、彼女の改良を受けて、さらなる進化をげていた。


 もはや好きな場所の、好きな相手を、狙って移動させることができるようになった強制セーフティスフィア改を使うことで、対象は眠ったよう意識を失い、安全な別の次元へと、速やかに移動することになる。


 つまり、確かにあまり表に出てこず、珍しい存在ではあったけど、その情報がないわけではない神宮司権現だけを残し、この首都にいる他の人間を全て、俺たちの用意した別の位相いそう空間へと移すことも、十分に可能というわけだ。


 だからこそ、奴の側に、誰か他の人間がいれば、もっと早く異常に気付けたはず、というわけである。


 まあ、この手段はあまりに目立つので、後処理の手間も考えて、こちらとしても、本当なら最終手段だったわけだけど、こうなってしまったら、仕方ない。


 竜姫さんがさらわれてしまった時点で、手段なんて、選んでいる余裕はないのだ。


「ついでに、壊れた街の方も、その装置を解除したら、全部元通りになるから、別に心配は要らないぞ。お前たちを倒したら、全ては夢だったみたいに、元通りさ」


 そして、当然のことながら、もう一つの便利な道具……、疑似的な次元を人工的に発生させ、その範囲内で起きたあらゆる破壊を、そのもとの次元の上にかぶさるようにして生まれる疑似次元を破棄することで、完全になかったことにしてしまう、疑次元ぎじげんスペース発生装置も使用している。


 どうやら、ジーニアが言うには、この疑次元スペースと、改良した強制セーフティスフィアには、なにやら密接な関係があるらしいのだけど、あまりにも専門的すぎて俺にはよく分からなかったのは、ここだけの秘密だ。


 まあ、なんにせよ、その二つのおかげで、万事問題なしというというわけである。


 そう、だからこそ、俺はまだ、平常心を保てていた。


 もしも本当に、神宮司権現と八百比丘尼のせいで、この国の首都が跡形もなく破壊され、そこに住む人々が、全ての命が、無残にも奪われていたというのなら、こんな悠長に、奴と会話なんて、するはずがない。


 そんなこと、許すはずがない。


 俺は、悪の総統なのだから。


「つまり、お前が切り捨てようとしたものは、俺が全部いただいたってわけだ」


 狙った獲物を、傷付けるような行為を、見過ごすわけがないのである。


 そのためなら、どんな苦労だって、いとわない。


「いやはや、本当に、おかげで助かったよ。実のところ、この国を乗っ取ろうにも、悪の組織同士で抗争ばかりしてたから、政治には明るくなくてさ。どうしたもんかと困ってたんだ。あっ、これはちょっと恥ずかしい話だから、内緒だぞ?」


 まあ、別に全てを狙ったというわけではなく、最大限に警戒していたら、なんとか上手いこと噛み合って、フォローができたというだけなんだけど、これもやっぱり、別に相手に教えてやることではないので、俺は計画通りとばかりに、笑ってやる。


 目の前の無様な男のおかげで、助かったことは本当だし。


「でも、これからは安心だ。あんたが言うところの、無能な政治家の皆さんは、命を救われた俺たちに、そうそう逆らうことはできないだろう」


 さらに、この惨状を見せれば、それが元通りになるものだとしても、議員たちへの精神的な圧迫は、相当なものになるはずだ。


 というか、そういうプレッシャーをかけるために、彼らは一般市民とは別枠とし、ああして目を覚ましたまま、あの飛行船に押し込めたのだから、せめて、そのくらい思ってくれないと、色々と困っていまう。


「まあ、そこは政治家らしく、腹芸を仕掛けてくるかもしれないけど、そこら辺は、あんたの家の地下で手に入れたキナ臭い情報を使って、上手くやるさ」


 とはいえ、ちゃんと保険も手に入れてるので、それほど心配する必要はない。


 俺たちだって、百戦錬磨の悪の組織だ。種さえあるなら、そのくらいの裏工作は、お茶の子さいさいなのである。


「だから、お礼を言わせてくれないか?」


 というわけで、俺は改めて神宮司権現と向き合い、丁寧に丁寧に、この頭を悠々と下げてやる。心からの、感謝を込めて……。


「本当に、ありがとう。調子に乗って、馬鹿な行動に出てくれて」

「くっ!」


 さて、なぜだか分からないが、俺からの感謝は、侮蔑ぶべつと取られてしまったようで、神宮儀が悔しそうに歯噛みしているが、そんなこと、知ったことではない。


 状況はもうすでに、こちらの意のままに、動き出している。


「さあ、竜姫たつきちゃんがどこにいるのか、教えてもらうよ!」


 上空の飛空艇から、颯爽と飛び降りてきたエビルピンクが、その身体の奥から湧き出る怒りを隠そうともせず、友を奪った首謀者へと問いただす。


「さっさと吐かないと、どうなっても知らないぞ!」

「そうですね。拷問は初めてですから、加減ができないかもしれません」


 続けて着地したエビルレッドは、その拳に炎をまとわせながら、震えるほどの殺気を放っているし、エビルブルーにいたっては、表面上こそ冷静には見えるけど、なにやら恐ろしいことを言い出している。


 とはいえ、その激情が、俺には分かる。


 いや、俺だけではない。


「自分が犯した罪の重さを、たっぷりと分からせてあげようかしら……」

「そうだそうだー! 絶対に、許さないんだからねー!」


 最後に降り立ったエビルグリーンと、エビルイエローも、思いは同じだ。いいや、彼女たちエビルセイヴァーだけではない。俺たち悪の組織全員が、同じ気持ちだ。


 大切な仲間を、傷付けようとする奴は、決して許さない。


「……これで勝ったつもりか?」

「ああ、そうそう、それからさ、これは老婆心ながらの忠告なんだけど」


 だからこそ、俺は虚勢きょせいる神宮司の言葉をあえて無視して、さらにトドメを刺すために、大事なことを教えてやる。


 タイミングを計っていたけど、そろそろ、いい頃合いだろう。


「組織のおさとして、こんな危機的状況で部下を放置するってのは、感心しないな」


 俺は忠告とも、警告ともとれるアドバイスを、神宮司に送る。


 そう、まったくもって、話にならない。


 というか、隙だらけだ。


「まあ、簡単にいうと……」


 俺は視線の先に現れた、大量の人影を見ながら、そっとうなずく。


 うん、ナイスタイミング。


「ここまでのお前との会話は全部、国家守護庁の本部に、筒抜つつぬけだったってことだ」


 どうやら、待ち人が来たらしい。


「……どういうことだ、神宮司総司令!」

「なっ、どうして、お前たちが……!」


 この崩壊した東京駅に、突如として雪崩なだれれこんで来た大軍の先頭に立っている赤いバトルスーツの男……、マーブルファイアの怒りに、彼の後ろにいる者たちの激昂げきこうさらされて、さすがの神宮司も慌てたように、後ずさる。


 しかし、同情の余地はない。


「さーて、正義の味方の到着だけど、統括者さんは、どうするのかな?」


 全ては、奴の身から出たさびなのだから。


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