色情魔と美少女と魔法印

高橋徹

プロローグ

事の始まり

 遠くの空で、甲高い不吉な音が繰り返し響いている。金属が軋むような、夥しい数の人が悲鳴を上げているような、この世の地獄を体現したような音が。

 見ると、雲のすぐ下に、山をも覆う程の巨大な黄金色の円が浮かび上がっており、その中に大きく「雷」という文字が浮かんでいる。

 ひぃん、という音がする度に、雷の文字がより濃く、円はより大きくなっていく。


「ねえ、あの音ってなんなの? お父さんは? お母さんは大丈夫なの?」


 不気味な音を聞きながら、年端もいかぬ少女が手を引かれながら必死で走っている。


「大丈夫。上手く逃げている筈よ。……きっと……っ」


 少女を連れている女性も、また少女と呼べる年頃ではあった。精々17~18歳と言ったところだろう。


「そうなの……? ……あ」


 少女がまだ納得していないうちに、その言葉は信じられない光景を目にしたことにより遮られた。

 少女の足がぴたりと止まり、もう一人の年長の少女の足も自然と止まる。


――遠くから、声が聞こえた。


「『雷』『雷』『雷』『強』『強』『強』『大』『大』『大』…………『合』――恨みも悲鳴も飲み込んで、生まれ来たるは神の雷。ただただ祈って虚空を仰げ、己の最期を身に刻め――」


 声が聞こえなくなると――浮かび上がっていた雷の印全体から、文字通りの雷が無数に地面へと打ち下ろされた。

 正確に言えば、打ち下ろされ「始めた」と言うのが適切だろう。

 一つ一つは一瞬で落ちるのだが、それがまるで雨の如く、曲がりくねる大蛇のごとく、蛇行しながら幾重にも幾重にも打ち下ろされる。地面を抉るおぞましい音が、間髪入れず何十何百と聞こえてきた。

 印の下にある場所がどうなるかなど、子どもである少女にでも容易に想像がついた。


「うそだ……うそだ……」


 呆然としている少女の傍で、年長の少女が忌々しそうな顔を浮かべる。


「……行こう。……絶対に、絶対に許さない……!」


 言うと、少女の手を再び引っ張り、走り出す。

 少女は何も言うことなく、ただそれに従って走って行った。

 少女が現実を受け止めて泣き崩れるまでには、数日の時間が必要だった。

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