guest room

 体が鉛のように重い。途切れとぎれに浮上する意識のなか、自分がベッドの上に拘束されていることに気が付いた。熱があるのか寒気がする。


 それにしても悪趣味な部屋だ。

 レースとフリル、これでもかと細工を施した白い家具。

 自分が寝せられているベッドも可愛らしい姫が寝せられていたなら様になるだろう。しかし、クロウが横になるなどジョークとしか思えない代物だった。まだ地下牢に転がされていた方が絵的にましな気がする。


「起きた?」


 足元から声がして頭を少し持ち上げた。

 そんな動きさえ億劫だったが、そうしなければ見えないのだから仕方ない。そう思っていると、召し使いが側に来てクッションをたす。クロウはそれに背をもたれさせる形で座らされた。

 それでようやく自分の状態が把握できた。


 手枷、足枷、ベッドごと巻かれた鎖は何重だ?

 毒におかされた状態でこの警戒っぷり。評価されたようで嬉しいね。と、皮肉のひとつも出ようものだ。


「で? 俺は何のためにこの御伽メルヘンワールドへご招待を受けたんだ?」


 毒に蝕まれたダメージのせいで、息が荒くなりそうなのを堪えて聞いた。レルネーは機嫌良さそうに微笑む。


「僕の毒をまともに受けて即死しないなんてさすがだね」


 ベッドの回りを囲む天幕の臼絹を指でなぞりながらこちらに近づいてくる。美姫がしたならなまめかしい光景だろう。レルネーも美しいには美しいから様になっているのかもしれない。しかし、今のクロウにとってはムカつき以外の何者でもなかった。

 正直、ヘドが出る。


「この前も話の途中だったから、もう少しお話をしたいなと思って」


「退屈すぎて話の途中で眠ってしまったなら済まないね。どうせもう一度聞いても同じことの繰り返しだろうから、もうお暇したいんだが?」


 状態の悪さなどおくびにも出さず、クロウは皮肉混じりの応酬をする。レルネーは自分が優位に立っていると思うからか、クロウの挑発的な態度にもいらだちをみせることはなかった。


「ところでクロウ。先日取りに行った指輪は見つかった?」

「お前の指輪は預かっていないそうだ」

「そう、残念。大人しく渡してくれたら良いのに」

「お前の指輪じゃないだろう? 人のものを欲しがる前に自分で魔王から奪ったらどうだ。それとも、実力不足かな?」


 クロウの隣、すぐ手の届く位置まで来たレルネーは最後の一言に苛立ちの表情を見せた。けれど、直ぐもとの微笑みに戻って、こちらを睨んでいるクロウの顎の下に手を添える。

 その仕種がよほど嫌だったのか、クロウは顔をしかめて身を引いた。


「人の物ってどうしてか魅力的に見えるんだよね。手に入れる努力? しているよ。たった今ね」


 ベッドの縁に腰を掛けて、レルネーは拒絶された手をクロウの胸元に添えた。その指先がゆっくりと胸板に沈みこみ探るように動く。その間クロウは奥歯を噛み締めて無表情ポーカーフェイスを貫いた。

 レルネーは彼の顔色を伺いながら執拗に探りをいれた後、名残惜しげに手を引き抜いた。


「何でだろう。指輪はそこにあるのに掴めないね。僕じゃ触れないのかな? 試しに君が取り出してくれない?」

「キルケの封印がされている。彼女以外は誰も触れない」


 いっそ彼女を招いて取り出し方を聞いたらどうだ?

 恐ろしくてそんな真似出来ないよな。何せ彼女の不在にこそ泥の真似をしているわけだ。まぁ、対峙して敵う相手じゃなら当然か。

 皮肉を言われてレルネーは顔色を変えた。


「黙れ!」


 乱暴にクロウの髪をつかむとこちらを向かせる。

 彼に毒を含まされ、拘束され、死を間近に感じた人間は恐怖におののき、レルネーのご機嫌をとったり、助けてくれと懇願してへりくだったりしたものだ。

 それなのにクロウは全く思い通りにならない。

 そこが気に入らなくもあり、面白くもあり。


「ねぇ、クロウ。君は毒の耐性が強いみたいだね?」


 掴んでいた髪を放し、指を首筋に這わせる。シャツの襟元から見える噛み痕は青黒く変色し、彼がまだ毒の浸食から立ち直っていないことを伺わせた。


「試してみたいんだ。君がどこまで耐えられるのか」


 2度も痛い目をみているのだ。受けた痛みも相当なものに違いない。こんなことを言われれば動揺すると思ったのに、クロウは他人事のように『へぇ、そうかい。悪趣味なことで』と態度を変えなかった。

 その余裕が本当のところどうなのか。

 試してみれば分かることだ。


 痛みと苦しみに耐えかねて、苦しまない死を、もしくは救済を懇願する姿を晒すかもしれない。


 ちらりと後ろのソファーを振り替える。

 そこには美しい男女のデスドールが大人しく座ってこちらを見ていた。彼らも生きていたときはレルネーの手に終えなかった。でも今はこんなに素直に従ってくれる。


 彼だってきっとそうなるさ。

 レルネーは暖かいクロウの頬をいとおしげに撫でた。


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