小さな願い
「その手紙はもう届かないかもよ?」
「どうして⁉」
パブロが、余計なことをしたらしいと察してチェシャに尋ねた。
彼女が言うには、サンタとは北の果てに住んでいる聖人で、年に1度クリスマスイブの夜、良い子にしていた子供たちにご褒美としてプレゼントを配るらしい。
「へぇ。そりゃぁまた太っ腹なじい様だな」
「確か、クリスマス前に何が欲しいか手紙を書くの。それを枕元に置いて寝るとサンタに届らしいのだけど。開封されちゃったカードは届くのかしらね?」
チェシャがカードを見つめて苦笑いを浮かべる。
クロウはカードを封筒に戻し、ひらひら振った後、暖炉へ放り込んだ。封筒は炎にあおられて燃えることなく暖炉のへりに着地した。再び燃える暖炉のなかにクロウがブーツの先で蹴り入れようとするのを、パブロが慌てて拾い上げる。
「ひどい!」
パブロが非難の声を上げた。
誰の物かは分からないけれど、大切なお願いが書かれた手紙だ。そんなお座なりに扱っていいものではない。
「持っていたところで仕方ないだろ?」
その《ローザ》には気の毒だがサンタに手紙は届かない。それが魔女の家に流れ着いたところでそいつに運が無かったんだろうよ。
いっそさっぱりと燃やしちまえ。
そういって、クロウは手を伸ばす。
自分が代わりに火にくべてやると言っているようだ。
だが、パブロは誰かの想いがこもった手紙を燃やすことなんて出来なかった。しっかりと封筒を抱きしめて後ずさる彼を見て、クロウは少し困ったような表情を浮かべる。
『好きにしたらいいさ』と呟いてダイニングへ消えた。チェシャも何か言いたげにパブロを見たが、結局何も言わず、彼のあとについていった。
部屋に残されたパブロは、もう一度封筒からカードを取り出して眺めた。誰かが家族とお祝いをしたがっている。
少し昔のこと、パブロは人間の男の子だった。
薄汚れた姿でいつも空腹を抱え、寒さに身を縮めて通りの隅で誰に優しくされることもなく生きてきた。夕方、明るい窓に垣間見える家族の団らんをどれほど羨んだかしれない。
だから、この細やかな願いのこもった手紙を紙屑には出来なかった。
「何とかしてあげたいなぁ」
暖炉で優しく燃える炎を見つめながら、パブロはポツリとつぶやいた。
*
「おい、パブロ」
「なぁに?」
ある朝クロウに呼び止められ、メモ紙を押し付けられた。町のパン屋に用があるけど、忙しいから代わりにこのメモを渡して来てくれと言うのだ。
「えぇ、嫌だよ!」
「良いだろ? ちょっと行って戻ってくるだけだ」
このところ主がいないのを良いことに、クロウは連日のように出掛けている。夜明けまで帰ってこないこともしばしばだ。
夜出掛けていく彼の背を窓から見送っていると、隣で同じようにチェシャが窓を覗いていた。
「クロウは町で何してるのかな?」
「きっとろくでも無いことよ」
チェシャに尋ねるとそう答えて不機嫌に鼻を鳴らした。
「自分の仕事なら、自分でやれは良いじゃないか」
「大人は色々と忙しいんだよ」
パブロは納得がいかず、口をへの字に曲げて腕組みをして見せます。
「分かったよパブロ。お前がお使いをしてくれる代わりに少し協力してやる」
「別に手伝ってもらいたい事とか無いし」
「手紙の主は見つかったのか?」
「う……」
あの後パブロは森の住人に手紙の主に心当たりはないかと聞き回ってみたのだ。彼らがまだ人で、町で暮らしていた頃に聞いたことがあるかも知れないと思ったのだが。
「実際に町に出て聞いた方が、ここに居るよりかずっと真相に近づくと俺は思うんだがね?」
「うぅ、分かったよ。行けば良いんでしょう!」
悔しいけれどその通り。森の住人は誰一人ローザの事を知らなかった。彼女の居場所を知るには町に出て聞くしかないと思っていたのですが、イタチの姿ではそれは出来ない。
動物の姿で話しかけても驚かれるだけだ。
クロウの使い走りにされるのは嫌でしたが、この際仕方ない。渋々引き受けることにした。
「よし! じゃあ頼んだぜ!」
への字口のパブロに、小さな薬ビンを手渡しながら、クロウは満足げに彼の肩を軽く叩いた。
パブロを含む森の住人の殆どは魔法を使えない。元は普通の人なのだから当たり前だ。使えるのは魔女や使い魔あたりのごく少数にすぎない。
だから町へ行くときは《変身薬》をもらって少しの間だけもとの姿に戻り、町へ出かけて行くのだ。
パブロは息を止めて、まっずい薬を一気に飲み干した。あまりの味に鼻面に思いっきりシワを寄せていると、彼の姿が輝いて大きく引き伸ばされていく。そして、見るまに少年が現れた。
仕立ての良いシャツに焦げ茶のチョッキとブレザー、膝たけの乗馬ズボン姿。そばかすの赤い巻き毛の少年は久しぶりに戻った自分の姿を確かめるように見回しました。
「それじゃあ、行ってらっしゃい」
その後ろ姿を見送るクロウに、古株のキツネが心配そうに尋ねる。
「あの子、町に行ったら思い出すんじゃない?」
「思い出したのならそれで良いのさ」
クロウは寄りかかっていた窓辺を離れると、狐に話しかけるでもなく『それじゃあ、俺も行きますか』と呟いてドアノブに手を掛けた。
「あんまり悪さしなさんな」
クロウの背に、狐が声をかけました。
彼は肩越しに振り向き、意味ありげな笑みを浮かべます。
「俺はいつでもお利口さんさ」
軋みながら閉じるドアの音を聞きながら、残された狐はやれやれといった風に首を振り、クッションに顎を預けると暖かな陽だまりで寝息をたてはじめた。
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