第06話 追われた訳は。

『《窓の使徒》が現れた』


 という一報を受けた彼は、その真偽を確かめようともせず、そのとき屯所とんしょにいた部下全員に招集をかけた。

 それが偽の情報であるなら、自分たちが無駄に骨を折るだけ。だがもし本当だった場合、いかなる手段を以ってしても確保せねばならない。それほどに現在のアトラール王国にとって、《窓の使徒》の存在は価値があるのだ。


 さきほど駆け込んできた目撃者曰く、南の《攻略者ギルド本部》方面へ向かったとのことだった。

 だとすれば、尚のこと急を要する。万が一にも《窓の使徒》がダンジョンへ迷い込むような事があれば、それは紛れもなく最悪の事態。何があろうと《窓の使徒》を失うわけにはいかないのだ。

 そうして彼がギルド本部へ駆けつけた時、《窓の使徒》たちは丁度《窓》を出している最中だった。それゆえ見分ける必要がなかったというのは、かなりの幸運だろう。《窓の使徒》は、まだ成人もしていないだろう少年と少女だった。


 が、自分たちを見た途端、二人が突然回れ右をして駆け出した。

 ――何故逃げるんだ!?

 そう疑問に思いながら、彼らに足を止めるよう懸命に呼びかける。


 しかし《窓の使徒》たちは聞く耳を持とうとはせず、奥の回廊へと走って行ってしまう。当然彼も部下を引き連れ追いかけたものの、やはり装備重量の差によってか、《窓の使徒》との距離は拡大する一方だった。


 ――まずい。まずいまずいまずい!


 彼は、生まれてこの方感じたことが無いほど焦っていた。何故なら《窓の使徒》たちが逃げた先には、ダンジョンへの入り口――《ワープフロア》があるのだから。

 《ワープフロア》は転移魔法を応用した技術。五層ごとに設置された対となるワープゾーンへ瞬間移動するためのもので、これにより攻略者は未攻略層までわざわざ下りて行く必要がなくなったのだ。そしてギルド本部奥の部屋ほど、より下層へと繋がっている。


 きっと《窓の使徒》たちは、行き止まり――つまり最奥まで逃げるに違いない。


 焦燥感に駆られながら彼が角を曲がったとき、《窓の使徒》らは行き止まりで立ち止まっていた。何故か呆然と立ち尽くしていた。

 その訳は彼には分からなかったが、とにかく彼とその部下達にとっては好都合だった。

 部下の一人が叫んだ。


「いたぞ! あそこだ!」


 と、その時――彼はふと思った。もしかしたらあの二人は、突然追いかけてきた自分たちを恐れて、逃げているのではないか? 焦る気持ちの所為で今まで気付けなかったが、もし逆の立場であれば、武装した屈強な男達が乱暴な口調で喚きながら迫って来たなら、逃げるのが当たり前ではないか。

 ようやくその結論に至った彼は、つい数瞬前に声を上げた部下を睨み付け、今度は自分自身が精一杯の親愛の情を込めて呼び掛けた。


「君たち! 逃げないでくれ!」


 だがその時、二人のうち少年の方の《窓の使徒》が、不意に扉へ向かって剣を構えた。

 そして一度腰を深く落とした――と思った刹那には、少年は沈み込んだ姿勢から飛び出していた。剣先が扉と接触する間際、少年の持つ剣が微かに閃いた。

 コンマ1秒の間も開くことなく回廊に反響する、耳当たりの好い金属音。


 次の瞬間――彼とその部下の目の前で、二人の《窓の使徒》は倒れ込むようにして部屋へと姿を消してしまった。


 肩で息をしながら現場へ行ったが、案の定、薄暗い牢のような部屋内はもぬけの空。ただ、床にぼんやりと巨大な魔法陣が浮かび上がっているだけである。

 その時、躊躇ちゅうちょなくそこへ飛び込もうとした部下を、彼は済んでのところで引き留めた。


「やめておけ」


 言いながら彼は、扉上部に記された55という数字と、床に転がる綺麗に切断された錠前を見比べる。

 《ワープフロア》が封じられていたという事は――すなわち、魔法に不具合が生じているのだ。そして設置型転移魔法における不具合に、考えられる事例は一つしかない。


 ――ランダム転移。


 五十五層のどこかへ飛ばされたことは間違いないものの、おそらく自分たちが追い駆けたところで、あの二人と同じ地点へワープ出来るとは限らない。

 何より、それほどの深層において己らが何の役にも立たない事を、彼自身も理解していた。きつく食い縛った歯の奥から、無力感に満ちた悔しげな呟きを漏らした。


「……我らでは、命を無駄にするだけだ」

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