第04話 最初にすべきは。

 『郷に入っては郷に従え』というが、まずはその郷を知らん事にはどうにもならない。そんなわけで、さっき決めたように俺と朝妃はしばらく街を歩き回って、掲示板や張り紙などを見てみたり、時折道行く人と会話しながら、簡単に調べてみた。


 そうして幾つか分かったことをまとめると、大体こんな感じ。


 まず、文明は典型的な中世風。ただ馬車が多く走る中、粗く舗装された道を稀に車みたいな乗り物が通っている辺り、意外と科学技術は発展しているのかもしれない。道脇などに店を開く屋台でも、ちょくちょく機械類を見かけた。


 また、使用言語は日本語。文字は日本語じゃない。

 でも不思議なことに、何て書いてあるかは理解できる……と。きっとその辺が神様からもたらされた恩恵なんだろう。新たな言語を一から勉強する必要は無さそうでひとまず安心だ。国語も英語もろくに点数取れない俺からすれば、それはかなり嬉しい事実だった。


 次に、この世界には《ダンジョン》なるものが存在し、人々はそこから燃料資源を得ているということ。そしてダンジョンには数多の魔物が生息していること。きっと俺たちは、そのダンジョンにこれから通い詰める事になる、のだろうが……それには一つ問題があった。


 どうやらダンジョンは《攻略者ギルド》なる組織によって管理されており、誰でもが自由に出入り可能という訳ではないらしい。厳正なる審査を通過し《攻略者》の資格を得て初めて、ダンジョンへの潜入が許可されるんだとか。

 まぁ普通に考えて、弱者が挑んだところで無駄死にするだけだろうしな……。

 その辺のシステムは結構しっかりしているもんだ。




 そんなわけで今現在、俺と朝妃は町の南の端にあるという《アトラール王国攻略者ギルド王都本部》へ足を運んでいたのだった。

 城ほどではないものの、ちょっとした豪邸よりかはよほど立派な建造物だった。大英博物館のような神殿的外観は完全なるシンメトリー。まるで巨人の為に作られたのでは、と思うほど巨大な二枚扉は開放され、その下を数多の人々が往来している。


「すっごいね~~!」


 と感嘆する朝妃を放っておいて、俺はさっさとその建物の中へ足を踏み入れた。入り口をくぐると、ホールのようなだだっ広い空間がいきなり待ち構えていた。建物そのものが大きいためか、内部は思ったより混雑はしていなかった。


 ステンドグラスが張られたドーム型の天蓋、それを通過した陽光が大理石の床を鮮やかに彩っている。

 中心には、バオバブの樹幹よりも太いだろう一本の円柱が聳え、それを囲むようにして円形のカウンターが設けられていた。その向こう側に何人か佇む受付係らしき女性の前に、人の列が出来ている。

 また他にも、内壁に沿うように設置されたカウンターでは幾つかの店が開かれ、その中には、剣や盾、鎧などを取り扱っている店も認められた。


「すっごいね~~!」

 同じ光景を目にしている朝妃が、またしてもそんな小並感こなみかんを零した。

「お前それさっきも聞いたわ。喋る人形のがまだボキャ豊富だぞ……」

「べ、別にそんなことないし! だってホントにすごいじゃん!」

「まぁな……」


 とは言え感心していても仕方が無いので、取り敢えず施設内をぐるりと歩き回ってみることにした。

 中心のカウンターにはそれぞれ頭上に受付看板が下がっていて、その中に【攻略者試験受験用受付】というものもある。が、どういう訳かそのカウンターだけ担当の人間が不在だった。


 そのことを不思議に思いながら、俺と朝妃はここに来てから最も興味をそそられていた場所の前で立ち止まった。壁沿いのカウンターの向こう側で、筋肉隆々のごついオッサンが睨みを利かせる、【武器屋】の看板を掲げた店だ。

 浅黒い肉体を誇示するように、タンクトップのような露出の多い服を着た店主に、恐る恐る声をかける。


「あの、すいません」

 すると欧米風の厳つい顔がこちらを見下ろし、眉と口元をひん曲げた。

「あん? どうしたボウズ」


 ボウズって……。いや確かに年齢差を考えたらそうなんだけど、初対面の相手に面と向かって言われたのは初めてだわ。因みに普段の学校では、マナーの悪い野球部を揶揄やゆするときにこの呼び名を使っています。


「えーっと、今って攻略者の募集はしてないんすかね?」


 という俺の質問に、店主のオヤジは一瞬だけ訝しそうに首を傾げ、それから一人で納得したように指を鳴らした。


「……さてはお前さんたち、相当な田舎モンだな? ……《攻試》ならとっくの昔に廃止されてるぜ。つってもたった数ヶ月前の話だから、その辺の貼紙なんかはまだそのままだったりするがな」

「廃止……?」

 その言葉の意味を問うように朝妃が復唱すると、店主のオヤジが小さく頷いた。

「ああ、人が足んなくなったんだよ。近頃は上層の方じゃもう、どこのダンジョンでも資源と言える資源なんぞ取り尽くしちまってるからな。かなりの深層まで潜らんと稼ぎにならんのさ。もちろん、モンスター討伐でも儲けが出ないこともねぇが、それで生計を立てていけるほど世の中甘くはねぇし、そんな少しの稼ぎのために命を賭けようって物好きは少ねぇのさ。最近じゃあ、城の騎士団が攻略者の代わりに潜る事さえあるぐれぇだぜ」


 どこか物寂しそうに、過去を顧みるような遠い目をしながら、見かけによらず丁寧に説明してくれた。

 どうやら俺が思っていた以上に、この国の攻略者事情は深刻な状況にあるようだった。俺なら、実際にモンスターと戦えるなんて夢みたい! とか思ってしまうのだが、それが当たり前の世界ではきっと逆なのだろう。


 平和だからこそ波を求め、波乱ゆえに平静を欲するのだ。

 結局俺たちにとって嬉しいニュースであることに変わりはないけど。


「じゃあ今はもう、誰でも攻略者になれるってことっすか」

「おう! 自分は攻略者なんだって思えば、そいつはもう立派な攻略者だぜ。ところでボウズ、これだけ俺に説明させたからにはちゃんとうちの商品、買ってってくれるんだろうな?」


 ずずいっと俺に圧力を加えるように顔を近づけながら、おっかない笑みを浮かべてみせた。

 2メートル近い巨漢にこうして見下ろされるプレッシャーは半端じゃない。危なく「ごごごごめんなさあああい!!」と土下座してしまいそうになるのを必死に堪えながら、なんとか俺も、引き攣ったぎこちない笑みを返した。

 もともと武器を買うのが目的で、この店の人に声をかけたのだ。


「えっと……片手用直剣で一番安いヤツだと大体どのぐらいするんすかね?」

「そうだな……。サイズにもよるが、5千イリスってとこか」


 先ほどメインメニューを確認した際、所持金表示の所には確か【1万イリス】とあったはず。なら余裕で買えるし、下手すればワンランク上質な武器も買えるかもしれない。

 俺が考えを巡らせている間を繋ぐように、店主のオヤジが今度は朝妃へ目をやった。


「もしかしてそっちの嬢ちゃんも、攻略者志望なのか?」

「あ、えっと……はい!」

「そうか、女性の攻略者とは随分珍しいもんだが……。嬢ちゃんはもう買う武器を決めてあんのかい?」


 尋ねられた朝妃だったが、ふと俺が横を見やると何とも微妙な表情をしていた。当然だ。これから実際にモンスターと戦うので武器を選んで下さいと言われて、ぱっと答えられる人間などそうはいない。


 しかし一方で、こうして実戦用の武器を買いに来ているという事から、売る側は《客が武器の扱いに慣れているかそれなりの修練を積んでいる》と思い込んでいるはずだ。

 もしここで『初心者なんでそういうの良く分かんないんですよ~』と答えようものなら、販売拒否されて即刻追い払われるのがオチだろう。自分が武器を売ったばかりに、若者が意気揚々とダンジョンへ潜り命を落とすなど誰だって嫌に決まってる。

 なので朝妃が余計な事を口走らないうちに、代わりに俺が受け答えた。


「ああ、こいつは片手用の杖で」

「ふむ……《片手用戦闘杖》をご所望か。なるほど嬢ちゃんは後衛ってわけだな。……近頃じゃ、戦闘で役に立つほどの魔法を使える奴がめっきり少なくなっちまってなぁ、杖は需要がねぇから奥の倉庫にしまってあんだよ。……ちょっと待ってな」


 店主のオヤジはまた世間への愚痴を零すようにぶつぶつ言いながら、背後の扉の向こうと消えて行ってしまった。

 それから、それぞれ店主のオヤジに薦められた品を手に取って確かめながら、最終的に朝妃は片手用戦闘杖と小さめのバックラーを、俺は予算ギリギリまで費やして、一番扱い易そうだと感じた少し大きめの片手用直剣を選んだのだった。

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