おかえりなさい、

悠姫

第1話

 

 

 

 

「こんばんは」


 そう声をかけられたのはコンビニからの帰り道。

 コンビニでアイスを二本買って、その途中の小さな小さな公園で。

 横断すれば近道になる遊具すらない公園で。


「こんばんは」


 立ち止まった僕に、一つだけあるベンチに腰かけたその人がもう一度。

 こんばんは、と僕も返す。

 にこりと笑ったその人は、僕と同じくらいの女の子。


「今日もいい夜ですね」


 彼女につられて空を見上げる。

 雲一つ無く。

 月が大きな夜で、よく見える。

 少女が促すままに、ベンチの空いたスペースに腰かける。


「明日、そこの河原で、お祭りがあるそうです」


 出逢ったのは二日前。

 帰省して、夜コンビニで同じようにアイスを買って、帰る道で。

 同じように「こんばんは」と声をかけられた。

 他愛ない話をして。

 次の日も同じように、コンビニの帰り道の公園で逢って話をした。

 地元の子なのかとか、名前とか、互いに自己紹介をする事もなく、ただ話をするだけの。

 コンビニの袋からアイスを取り出して、一つを少女に、もう一つを僕に。

 六十円のアイスバー。

 少女にはソーダ味。僕にはコーラ味。


「明日のお祭り、一緒に行きませんか?」


 アイスバーを舐めて少女が言った。

 夏の夜の、河原のお祭り。

 毎年必ずこの河原で催されるお祭り。

 屋台が並んで、簡単なやぐらがたつ程度の小規模な物だった。


「どうですか?」


 隣の少女が僕を見上げて首を倒す。

 勿論、いいよと返事をすれば、少女はにこりと笑う。

 帰省している間の思い出作りは歓迎だから。

 コーラ味のアイスバーをかじる。

 暗い公園に虫の声が響く。


「じゃあ、また明日」


 うん、また明日と。

 アイスを食べる間の短い逢瀬。

 ほんの数分間。

 お互いアイスバーのゴミをゴミ箱に投げ入れて、別れを告げた。



「こんばんは」


 次の日も、同じように少女に逢う。

 いつもと違うのは僕がコンビニに寄っていないのと、彼女の白い浴衣姿。


「似合いますか?」


 とても。

 そう伝えれば少女はやっぱりにこりと笑う。

 小さな巾着袋をぶら下げて、少女が行きましょうと立ち上がる。

 やっぱり雲一つ無い月の大きな夜。

 虫の声の代わりに聞こえるのは河原から響く祭囃子。

 少女と並んで公園を出る。

 彼女と歩くのは初めてだと気付いた。


「もう、あんなにたくさん」


 公園から出て、踏切を越えて、橋を渡る。

 河原に並んだ屋台の光。

 広目の空間に聳える櫓とそれを囲む人々。

 この日だけは静寂をかきけすように太鼓の音。

 河原に降りる階段を下る。

 川を流れていく小さな無数の灯りが幻想的で、その場で暫く少女と佇む。


「綺麗ですね」


 綺麗だね。

 君も綺麗だなんて洒落た言葉は呑み込んで。

 どちらからともなく歩みを進めて屋台を冷やかす。


「何か食べますか?」

 何か食べたい?

「わたあめ、食べたいです」


 少し恥ずかしそうに頬を染めて少女が笑う。

 屋台で五百円のわたあめを買って、少女に渡す。

「ありがとうございます」

 割り箸の刺さったそれを、手で小さく千切って口に運ぶ少女と歩く。

 子供に混じって金魚すくいをしたり。

 輪投げに、射的。

 かき氷を買って、二人で食べる。

 少女はメロン味、僕はコーラ味。


「コーラ味、好きですね」


 そう言う彼女はうっすら緑色に染まった舌をちらりと見せて、悪戯っぽく笑う。

 同じように舌をちらりと出して見せれば、やっぱり彼女はにこりと笑った。


「踊りますか?」


 櫓を囲む人の群れ。

 流れる音楽にあわせてくるくる回る。

 どんちゃん騒ぎの太鼓が囃す。

 途中で買った狐のお面を頭に着けて少女が尋ねる。

 僕は首を横に振って、川を指差す。


「ああ、もうそんな時間でしたか」


 少女はゆっくりと腕時計で時間を確認して、名残惜しそうにそう言って。

 二人連れ添って砂利を鳴らす。

 少女の手には紙の舟と小さな蝋燭。

 蝋燭に火を灯して。

 それを川に浮かべて。

 少女の灯した火は無数の光りに交ざって揺れて。


「また来年、逢いましょうね」

 少女は言う。

「去年は帰ってこれなくて、ごめんなさい」

 僕は頷く。

「それと、言い忘れていましたね」

 僕は首を傾げる。


「おかえりなさい」

「ただいま」 



 四日間の帰省は、終わりを告げた。





 

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