Green Apple

くらげ

 

 夏休み直前の学校内は茹だるような暑さで授業を受ける気にはならず気分の向くまま屋上へと向かった。太陽へ近い場所へ行ってどうするのだろうと思いもしたが人のいる場所から少しでもいいから離れたかった。とはいえ5限目を屋上で過ごすのは良くあることなのだが。フラフラと教師の目をかいくぐりながら道中にある自販機で買ったジュースを片手に屋上へと続くドアを開けた。

 突き抜けるような青空の下には誰もいない、はずだった。いつもは自分一人だけが過ごす場所には先客がいた。ボブといえば聞こえはいいが「おかっぱ」といった雰囲気の髪型の女生徒。膝丈ほどもあるスカートごと足を抱え体育座りをして校舎裏のほう―自分からは右手―をじっと見てこちらには視線一つ寄越さない。上履きの色から1学年下だと知る。

 一人になりたかったのを邪魔された気分になったのと彼女が年下でありながらこちらに興味を示さなかったことに無性に腹が立った。暑さからの八つ当たりな気がしたがどうでもよかった。ただ、気に食わない。

 ゆっくりだがワザと足音を立てて歩きギリギリ彼女の視界に入るところまで行くとフェンスに背を預けた。乱暴な仕草にフェンスが大きくなったのが煩わしかったし背に伝わる熱が不快だったが一貫して無反応の彼女に何よりも面白くなくて指先に力が入りすぎジュースの紙パックが歪んだ。

 舌打ちしながらジュースにストローをさし一口飲む。温くなり始めたそれは喉を冷やしながら体の中へと滑り落ちていく。少しだけの爽快感に気分が軽くなって不意に彼女の顔をしっかりと見てみたくなった。日光の眩しさと少し遠い距離のせいで確認はしていなかったのだ。不遜な彼女の顔へ視線をやる。

 蝉の合唱が蒼天に鳴り響く。風が葉とフェンスを小さく鳴らす。髪の毛とスカートの裾が揺れる。白いシャツが陽に光っているように見えた。手の中のジュースが少し温くなり始めていて、それでも冷たくて気持ちが良くて。滴が零れる。

 そう、滴が零れていったのだ。この手の中のものと、彼女の瞳から。

 静かに、少しも顔を歪ませることなく涙だけを流す彼女に頭が追い付かず一番最初に思ったことは「きれいだな」なんて薄情なことで次いで息が詰まるほどの苦しさに襲われた。

 そして分かったことはただ一つ。

「失恋」

 唇から落ちた言葉に彼女は肩を少しだけ震わせた。

「……やる」

 飲みかけのジュースを彼女のほうに差し出す。泣いているからこれが必要な気がした。彼女はようやくこちらを向き恐る恐るといった感じでジュースを受け取ると「青りんご」と銘柄を読んだ。


 失恋だ。君も僕も。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Green Apple くらげ @kura_kurage_07

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ