第19話 大阪市浪速区難波中のど濃厚ラーメン+からあげ定食

 仕事帰り。

 目的だった新刊のラノベとコミックスはゲットした。

 後は帰るだけ、なのであるが、どうにも帰宅して夕食の準備をするのが億劫だった。


「なら、喰って帰ればいいんだ」


 ちょうど、通り道に手頃なラーメン屋があった。


 もう何年も訪れていない店だ。頻繁に通る場所にありながら、店頭に並ぶメニューが以前食べた時と大幅に変わって原型を留めてなくなる程度の年月、入っていない店である。


 これもまた、巡り合わせであろう。私は、入り口のガラスの重いドアを開ける。


 店内へと足を踏み入れると、お一人様ということで入ってすぐのカウンター席へと通された。木目の目立つ木を主体とした内装が温かみを感じさせる中、メニューを眺めてみる。


「うん、これだな」


 メニューの先頭にありながら、定番ではないとおぼしきラーメンに決める。更には、色々と定食メニューもあるので、そちらも行ってみよう。


 店員を呼び、選んだメニューを告げる。


「ど濃厚ラーメンと、からあげ定食……飲物は、烏龍茶で」


 からあげ定食はラーメンにたったプラス百円でありながら、ごはん、からあげ、ドリンクが付いてくるという太っ腹な定食である。たとえ、己の腹が太っ腹になるリスクがあろうとも、今はただ、一人の太り手として挑むほかあるまい。


「あ、ゴ魔乙は今日、イベント更新か……」


 自宅の固定回線以外でのアップデート受信は避けたい。今は我慢だ。幸い、今日からのイベントはコラボ系なので、リリーの新しいバージョンはないだろう。


 ならば、焦る必要はない。食べ放題のキムチを小皿に確保だけしておいて、読書をして待とう。


 はぐれ者が、とある組織に拾われる。最初は厄介者扱いされながらも、その漢気ある行動により周囲に少しずつ認められ、家族ファミリーとなっていく。だが、ある日、組織の長が敵対組織の鉄砲玉にやられてしまう。復讐のため、かつてのはぐれ者は、単身で相手の本拠地へカチコミに向かう……。


 そんなオークと女騎士の物語だ。


 異世界転生ものは、組み合わせの妙だと思い知らせてくれる作品である。


 ただ、異世界ものは眼鏡の存在に文化レベルなどの考証が必要となってきたりして、眼鏡的に若干敷居が高いのも事実。というか、この作品、作中で眼鏡掛けてるって散々描写されているキャラのイラストが裸眼なのだけは許せない。


 そんな絶望の中にあって、『ジルバラード』という異世界はとても素晴らしい異世界だと思うのだ。


 家族と引き離されて子供達が迷い込んでしまう世界。しかも、迷い込んだ子供は魔法の力に目覚め、その力を用いて戦う運命へと巻き込まれていく……


 そんな少女達の姿を描いたのがケイブの傑作横スクロールシューティングゲーム『デススマイルズ』である。


 迷い込んだ中にめがねっ娘がいれば、当然、めがねは存在しうる。


 ジルバラードが眼鏡を許容した世界であると教えてくれたフォレットの存在はとても大きいのである。


 この『ジルバラード』を舞台とした弾幕シューティングのソシャゲが『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』だ。


 嵌まってしまうのも必然なのである。


 などと、脱線気味に脳内が盛り上がったところで、


「どうぞ」


 やってきた店員の声に、我に返る。


 見れば、注文の品が、どんどんカウンターに並べられていくところだった。


「おお、盛りだくさんだ」  


 ラーメンに、追加のからあげ定食まで並べると、中々壮観だった。


 やや軽めの盛りではあるが、ごはんの盛られた茶碗の隅にはお新香が二枚乗っている。小皿にはそこそこのサイズのからあげが三個、付け合わせにキャベツとレモンまで付いている。そこに、烏龍茶の注がれたコップも追加。


「よかったら、こちらもお遣いください」


 更には、からあげ用にマヨネーズと味塩、それに、ラーメンに好みで入れられるようにと高菜が容器ごと並べられる。


「こ、これは、中々大変なことになったな」


 最初に取ったキムチの小皿も含めると、とても賑やかな食卓となった。


 とはいえ、喰わねば始まらない。


「いただきます」


 まずは、メインであるラーメンからだ。


 褐色のスープに、麺は、中太の軽いちぢれ麺っぽい。


 具は、切り落としのチャーシューが一枚、チラされた青ネギと、半分の煮卵が彩りとなっている。その中で、スープの色に紛れるようにキクラゲがいるのが何か楽しい。それに、大きな焼き海苔が丼に沿って盛られている。

 

 比較的オーソドックスな見た目である。


 レンゲでスープを一掬い。魚粉が浮いているのが見える、思ったより透明度のあるスープだった。


 そのまま、口へと運ぶ。


 店の触れ込みでは、豚骨、鶏ガラ、魚介のトリプルスープらしいが、それだと、


「ああ、やっぱり、よくあるつけ麺のスープに近い味だな……」


 『ど濃厚』という割には全然ガツンとこない味だった。第一印象としては『薄いつけ麺のスープ』である。


 だが、食感が想定外だった。


 ドロッとしているのだが、鶏ガラなどから溶け出したコラーゲンなどの白湯的なとろみではなく、餡かけの餡のようなとろみだ。恐らく、片栗粉か何かだろう。


 と、そこまで味わって気付く。


「ん? そうか、これ、醤油とかのタレじゃなく、とことん出汁でいく味か」


 餡だからこそ、時間差で溶け込んだ出汁の味わいが段々と口内にしみ出してくるのを感じる。最初、薄味と感じたのは、出汁の味を殺さないようにバランスを取った結果なのだろう、と気付く。


 出汁をメインに考えれば、なるほど、確かに『ど濃厚』だ。想像とは全然違ったが、これはこれでいい。


 そういえば、ときどき食事のレビューサイトで勝手にどういうものか思い込んでいたにも関わらず「想像と違ったから」というだけでボロカスに店をこき下ろすことで己のリサーチ力の無さと度量の狭さを喧伝して馬鹿を晒しているレビュアーがいたりするが、ああはなりたくないものだ。


 難しく考える必要はない。

 何事も、怒るより楽しんだ方が得、それだけのことなのだ。


 だから、この想像との違いを存分に楽しむことにする。何より、スープというより、餡だと考えれば、納得の味であるのだから。


「では、このスープで麺を頂くか」


 割り箸を取って、麺に手を付ける。


 だが、油断していた。


 餡かけの餡だというところまで気付いていたのに、どうして、ここで無防備になってしまったのか?


 麺を掴んで一気に啜り、


「ほぁちゃっ!」


 思わず、青の三号的怪鳥音を上げそうになり、慌てて水を飲んで口内を冷やす。


 そう、餡かけは、保熱効果が高いのだ。

 その中に包まれていた麺は、まだまだ熱々だった。


「ああ、上あごの皮が……」


 薄皮で済んだので痛みはないが、それでも口内を焼かれてしまったのは事実。


 餡かけ風のスープに入った麺は、しっかり冷まして口に運ばないと火傷する。ちぃおぼえた。


 この経験を、今後に活かしていこう。


「ふぅふぅ……」


 今度はしっかり冷ましてから口へ運ぶと、


「おお、なんか優しい味だ」


 ど濃厚でありながら、柔らかい味わいが心地良い。しっかり冷ましながら、食が進んでいく。


 とろみのあるスープは、具材にも染み渡る。その中にあって、ネギの刺激、卵のまろみ、キクラゲのコリッとした歯ごたえ、チャーシューの旨み、海苔の風味。どれもこれも、とにかく優しい味わいだった。


 更に、時折ごはんを挟むが、ごはんとの相性もいい。


 この優しい味わいだからこそ、キムチが刺激になって箸休めの逆の役割をしてくれるのも面白い。


「そして、からあげだ」


 チャーシューが比較的控えめなところに、ガツンとメインはこちらのからあげという印象だった。


 脂っ気の少ない少々パサついた食感は好みが分かれるだろうが、そのお陰で、塩とレモンを振って頂くと、ボリュームのある鶏肉をさっぱり味わえて有り難い。キャベツも食べられて、野菜を食べている安心感もある。


「ここいらで、高菜、行ってみるか」


 好みで、ということなので箸で一つかみをスープに入れて、食べてみる。


「ピリ辛と葉っぱの苦み……合うな」


 あと箸で二掴みほどスープへ入れて、続きを味わうことにする。


 ラーメン、ごはん、からあげ、キムチ。


 盛りだくさんだった食卓は、段々と寂しくなっていき。


「ふぅ……」


 スープまで飲み干して、目の前には食器だけが並んでいた。


 最後に、水を少し飲んで、一息。


「こういうど濃厚もあるんだな」


 そんな発見を孕んだ食の体験を反芻し、小さな幸せを味わう。


「さて、いくか」


 レシートを手に、レジで支払いを済ませ、


「ごちそうさん」


 店を、後にする。


「さて、帰ったら『 BTOOOM! 』新刊読んでゴ魔乙するか」


 かつてケイブに在籍し、数々のシューティングゲームのキャラクターデザインに留まらずゲームデザインを手がけ、更には声優まで務めた作者の作品を読み、その作者が産みだしたジルバラードを舞台とした『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』をプレイする。


 中々、乙な夜になりそうだ。ゴ魔乙だけに。

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