友情とはとても素敵なものですね・その2

 今年、新しい学年になって。

 新しいクラスに千歳がいて、心底驚いたし、ドキドキした。

「よう、ナオ。久しぶりに同じクラスだな。またよろしく」

 俺にも屈託ない笑顔で、まるで何事もなかったみたいに、気軽に話しかけてくれた。その時返した俺の笑顔は、今思えばちょっとぎこちなかったかもしれない。

 あいつはやっぱり変わってなかった。男女関係なく色んな奴に話しかけて、学級委員長に自ら立候補して。学級委員長になったらなったで、リーダーシップを存分に発揮して、担任教師の信頼も早々に得て。

 でも俺と千歳との距離は、中学時代よりちょっとだけ遠くなっていた気がした。単なる俺の気のせいだったのかもしれないけど。

 もう、あの頃のようには戻れないんだろうな。だけどせめて、何かきっかけでもあってくれたら……。

 そう思いはしたけれど、思っただけで結局実行に移すことなんてできなかった。


 ちょうど、そんな時だっただろうか。

 同じクラスになった、ちょっと変わった女の子のことが、やたらと目につくようになった。

 淑やかでお嬢様然とした彼女は、口調や仕草が大和撫子みたいで、今時にしてはすごく特徴的で……けど性格は猪突猛進型で、まっすぐで。たまに無茶するところが危なっかしいけど、それもまた可愛らしくて。

 ……え? そうだよ。

 彼女の名前は村瀬瑞希。つまり、お前のことだ。

 最初は見た目と性格のギャップがものすごいなぁって、ただそれだけの気持ちで見ていた。あれは、校内でちょっとした有名人になっても仕方ないなって。

 でもだんだん、好奇心とかそういうんじゃなくて、違う気持ちを抱きながらお前を目で追うようになってた。ふとした時にも、お前の姿が心に浮かんで。

 あ、これ恋だな、って気付くのに時間はさほどいらなかった。

 でも、いかんせん俺ってヘタレだからさ。

 ……そんなことない? フフッ、ありがとう。優しいな、瑞希は。

 けどやっぱり、俺ってヘタレなんだよ。一人じゃ、どうしていいか分かんなくて。この年になってさすがに初恋だとは言わないけど、今までも勇気が出なくて、結局見てるだけで終わっちゃったような恋ばかりしてきたから。

 今回も見てるだけで終わるのかなって。まぁ、それもそれで幸せだしいいけどなって……毎日ぼんやりしながら、俺はお前のことを見てた。

 お前は、気付かなかっただろうけど。


 そしたら、ある日の放課後、千歳が俺を呼び止めて――……。

「お前さ、村瀬瑞希のこと好きだろ」

「……っえ!?」

 俺は思わず飛びのいたよ。まさか、そんなにすぐ見抜かれるほど分かりやすいことしてるなんて思ってなかったから。

 そしたら俺のその態度を肯定と受け取ったのか、千歳は急にニヤッと意地悪い表情になって、こっちに近寄ってきたんだ。ちょっとびっくりしたけど、千歳が何とも思ってないなら、この遠慮のない距離も当たり前っていうか、許容範囲なんだろうな。

 思わず硬直した俺に、千歳は内緒話するみたいな小声で、言った。

「協力、してやらなくもないよ」


 もうそっからは早かったね。

 お前と仲のいい白河結鶴に、千歳が早々に話をつけたらしくて。俺と白河が話せるように、うまいこと手配してくれたんだ。

 んで……そこで、白河に恋愛相談――無論、男同士の――することと、同じ委員会に入ることを提案されて。それをまた俺が千歳に話して、委員会決めの時に案を組み込んでもらって、俺と瑞希を同じ委員会にしてもらったんだ。

 ……そうだよ。白河だけじゃなくて、千歳も最初から全部知ってた。知ってた上で、話を合わせてくれてたんだ。

 そんなに怒るなよ。俺だって、まさか千歳がこんなことしてくれるだなんてホントに予想外だったんだから。

 ――まぁ、とにかく。

 お前という話題の種ができたことで、遠くなってた俺と千歳の距離は必然的に縮まった。千歳は無遠慮に俺に触れてきたし、俺もそれに対して茶化すような返しをした。中学時代みたいに――いや、もしかしたらそれ以上に、いろいろ話せるようになったかもしれない。

 本来なら隠し通すはずだった、お前への恋心という隠し事を、ものの見事に暴かれちゃったからなのかもな。

 俺がお前に、真実を告白した日……確か千歳がお前に何か話しかけてたよな。それもきっと、俺を心配してくれてのことだったんだと思う。


 その後俺がお前に好意を告げて、お前がそれを受け入れてくれて。

 お前と別れてから、俺はすぐさま千歳に電話したんだ。

 興奮冷めやらぬ俺の、恐らく支離滅裂だっただろう話を、千歳は最後まで聞いてくれて……『よかったな。おめでとう、ナオ』って、嬉しそうな声で祝福してくれた。

 その時だよ。あいつが、俺に本音を話してくれたのは。

『……俺さ、村瀬との一件にかこつけて、お前ともう一回ちゃんとした友達になりたいって思ってたんだよね。何か……中学卒業する少し前くらいから、ぎこちなくなってたっていうか』

「……え」

 どうやら向こうも、俺と同じことを思っていたらしい。っていうか、俺が距離を遠ざけてたことも、全部見抜かれていたのか。

『お前が俺に、何を感じてたのかは分からない。でも、お前が俺と距離を取るようになって……そのまま、今年同じクラスになるまでずっと疎遠になってから。寂しかったんだよ、俺』

「……まさか」

 寂しいなんて、そんなことあるわけない。千歳はいつも、賑やかな場所の中心にいて。誰からも好かれて、いつだって楽しそうで。

 俺なんかとは、住む世界が根本的に違って。

『俺が本当に、誰とでも仲良くできるなんて思ってる? いくらうわべだけでそういう風にできたとしても……心から友人と呼べる相手なんて、気軽に心を開けるような相手なんて、ほとんどいないんだって』

「……」

『お前といると、楽なんだよ。心の底から笑えるし、俺はここにいていいんだって思えて、すごく安心する。俺が本当に友達だって……親友だって胸張って言える相手は、お前だけなんだよ』

 知らなかったろ? と耳元をくすぐるような笑い声と共に言われて、俺は呆然としてしまった。

 まさか千歳に、そんなことを言われるなんて思わなかったから。

 千歳も、俺と同じような気持ちを抱いてたなんて、知らなかったから。

『だからさ、ナオ』

 先ほどよりちょっとだけ改まった、真剣な声が、俺の耳に届く。

『俺と、もう一回友達に――親友に、なってよ』

「……最初から、そのつもりだよ」

 そう返したら、千歳は弾むような声で『そっか』と言った。


    ◆◆◆


「これは……特に後半部分などは、脚色すればとても良いボーイズラブ作品になりそうですね」

 わたしの第一声に、話し終えた直生くんは脱力したようにがっくりと肩を落としました。

「あれだけ話させといて、感想がそれかよ……」

 まぁでも、瑞希らしいと言えば瑞希らしいけど。

 そう言って苦笑いする直生くんを見ながら、わたしは心の中でだけで呟きました。

 ――照れ隠しに、決まっているではないですか。

 くるり、と直生くんに背中を向け、わたしは携帯電話を取り出しました。とりあえずとメール画面を開き、電話帳から妹の柚希の宛先を選びます。もちろん、先ほど直生くんにお聞きした話――もちろん、ボーイズラブ的にオイシイ部分だけ――をお知らせするためです。

 ちょこちょことメール操作をしていると、不意に温かなものがわたしの背中を包みました。耳の横に直生くんの吐息がかかり、背中から抱きしめられたことに気付きます。

 息を詰めながら、わたしはメール操作を続けました。動揺してしまい、打ち間違えまくる手元に自分で喝を入れたいのですが、胸がドキドキしてしまってどうにも叶いそうにありません。

 わたしの手元の狂いようが可笑しかったのか、クスリ、と直生くんが笑いました。吐息が耳元をくすぐり、思わず身を竦ませてしまいます。

「お前のおかげだよ」

 囁くような低い声が、近くで聞こえました。

「……ありがとな、瑞希」

「別に、わたしは何もしていません」

 意地を張ったようなことを口にしながらも、わたしは優しく包み込んでくる彼の腕を振りほどくことはせず。

 両手で握っていた携帯電話から片手を離すと、自らのお腹の辺りに回された手に、そっと重ねました。

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