彼はいつもしゃがんで「キス」をしてくれる。

若狭屋 真夏(九代目)

  車いす

 高木百合は移動の時は常に「車椅子」だ。そして常に恋人の山田あゆむが車椅子を押してくれた。「ごめんね」というと「彼氏の責任なんだから気にするなよ。むしろ、お前のために何かできることがうれしいんだ」あゆむはこういってくれる。

山田あゆむは、その「名前」とは違って、筋骨隆々の男性だ。

それに比べて百合は華奢で、美しい女性だ。

だから「頻繁(ひんぱん)」に職務質問を受ける。

昔「キングコング」という映画があったが、他人の目から見ると百合は「キングコングにさらわれた美女」のように見えるのだろう。

しかし、あゆむはその「肉体」と違って「やさしい」人物だ。

「まるで 金太郎みたいね」と百合の友達は笑う。

「じゃあ、あたしが熊みたいじゃないの」と百合は返す。

あゆむは30歳で百合は5つ下だから25歳になる。

百合は自宅近くの図書館で司書として働いている。

あゆむは「幸道館」という道場で「剣道」を教えている。あゆむは師匠の板垣からいたく気に入られている。いまでは師範として高齢の板垣に代わり小学生から社会人までに「一刀流」を教えていた。

板垣は昔一刀流の教えを請い、一刀流小野宗家から「壷斬り」の奥伝をつたえられた。あゆむにもぜひ「奥伝」をと小野宗家に許しを得ようとしたがあゆむは「私はまだまだ未熟者なので。。」と断った。

その「奥ゆかしさ」に板垣はますます気に入り、今では子のない板垣の代わりに事実上の道場経営をしている。


「次の試合勝てそう?」次の試合とは小学生の剣道試合の事である。

「勝つことは問題ではないんだよ」

「で?勝つの?」

「相手には勝てるかもしれないけど、己にまず勝たねば」まるで「古侍」のようなセリフを言う。

「がんばってね」と百合はウインクをするとあゆむはしゃがんだ。

そして百合は頬にキスをした。

「俺が出るわけではないんだがな。。。」

ぼりぼりとあゆむは頭を掻く。

「お弁当持って応援に行くから。」

「たこさんウインナーをたのむ」

「もちろんよ」

百合は微笑んだ。


さて、二人の過去を少しだけ書いておく必要がありそうだ。

高木百合は4年前運転していた大型バイクで事故にあい、右足を失った。

しかし、生来のポジティブな人間である百合は車いすに乗っても、旅をして、また恋もした。

しかし、車椅子というのがいずれも問題になった。事故の前から付き合っていた人とは婚約までしていたが、「障害」という言葉を彼は受け入れることが出来なかった。これは彼だけでなく彼の家族もだったが、、、。そして別れた。

それから二人ほど恋人がいたが、いずれも車椅子に怖れ、去っていった。


あゆむと出会ったのは3年前だ。

百合は普段の通勤に電車を使っていた。いつもは駅員さんが車椅子を持ち上げてくれるのだが、その日は駅員さんがいなかった。

困って周囲を見回したが、周囲の目は「冷たかった」

それに百合が打ちひしがれそうになったとき、声をかけたのがあゆむだった。

「お困りですか?」と聞くとあゆむは車いすごと百合を持ち上げ、ホームまで運んでくれた。初めての出来事にびっくりしたが、「不思議と」安心できた。

ホームまで行くと車椅子を押し、満員電車に突入する。

「邪魔だな」とおもっている「周囲の声」を

「ジロ」とあゆむの大きな瞳が殺していった。

「次の駅です。ありがとうございました。」というと百合はタイヤに手をかけたが、「私も次の駅なんです。」といってあゆむは車いすのハンドルを握った。

駅から人が流れてくる。

その中に車いすに乗った「美女」とそれを押している「野獣」の二人がいた。

帰りの階段もあゆむが持ち上げてくれて、百合は無事目的地に着いた。

「では、失礼します」と深々と頭を下げるあゆむに

「ありがとうございました。もしよろしかったらお礼にコーヒーでもいかがですか?」と百合が微笑む。

「お、おっす」とあゆむは答えた。

それから喫茶店で話し合って、趣味が同じという事に二人は気が付く。

二人の趣味は読書であゆむも意外と恋愛小説がすきだったらしい。

ほかにもお気に入りのミュージシャンが一緒だった。

「でも、コンサートにはいけないしな。。」百合が漏らした

「こ、今度からは私が車椅子を押しますよ」とあゆむは頬を赤くした。

「え」

「いきましょう、コンサート。人生楽しまなくちゃ」

あゆむの笑顔は堅かった

「あはははは」百合は久しぶりに大声で笑った。

こうして連絡先を交換して、ふたりが大好きなミュージシャンのコンサートに行った。

帰り道、車椅子をおしてくれるあゆむに百合は声をかけた。

「あゆむさん。わたしと付き合ってくれませんか?」

「え」

「だって、あゆむさん、私が車椅子に乗ってることなんて全然気にしないんだもの。」

「それに、あゆむさんも彼女さんいないって、いってたし。。」

「人生楽しみましょ」と百合は微笑んだ。

「それからあゆむさん、私がウインクしたら私の前にしゃがんでね。」

それをきいてあゆむは百合の前にしゃがんだ。

百合は車いすから少しだけ前のめりになってあゆむの唇にキスをする。

「ウインクしたら。。かならずね」

「お、おっす」

こうして二人がつきあってから3年がたつ。

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