第51話 裁きの時

 魔王の遺児たちによる王国襲撃からひと月ほどが経過した。戦禍に巻き込まれた王都にも人が戻り、市街地も再建が進んでいる。

 この戦いで再び強大な魔族を退けた王国や騎士団の名声は国内外でさらに高まった。だがその一方で魔族に対する敵愾心と恐怖心も高まったと言えた。

 そんな日々の中で、トウカをはじめとした今回の戦いで功績のあった面々が国王から呼び出しがあった。まだ戦いの爪痕が残る城への一般人の立ち入りは禁じられていたため、関係者だけによる叙勲の儀ではないかと噂されていた。


「国王陛下の御成りである!」


 中庭に設えられた謁見の舞台。居並ぶ騎士たちが首を垂れ、国王ルドベキアを迎えた。


「よく参った皆、面を挙げよ」


 ルドベキアは威厳ある声で片膝をついて礼をするトウカたちにそう告げた。


「此度の戦い、大儀であった。五大騎士家のお前たちの働きにより、我がアルテミシア王国は更なる発展と栄光が約束されたことであろう」

「お褒めの言葉、光栄の至りです」


 皆を代表してシオンが返す。それに続き、他の者も頭を下げた。国に名だたる五大騎士家の活躍がこの国に果たした貢献は大きい。後にエリカ=グラキリスが成人して家督を継いだ暁にはさらに盤石の体制になることは間違いない。当代こそ王国始まって以来の最強の布陣。誰もがそう確信していた。


「まず騎士団長シオン=アスター」

「はっ!」

「騎士たちを指揮し、自らも魔王の血族討伐に赴くなど、よく王国を守り抜いてくれた。お前の働き無くしては勝利は無かったはずだ」

「身に余るお言葉、恐縮です」

「王城の損害についてはこの際不問としよう。むしろ国の財産である国民に大きな被害が出なかったことこそを誉としたい。これからも王国の守護者たる働きを期待しているぞ」


 シオンへ褒章が与えられ、続いてルドベキアは視線をその隣に移す。


「ドラセナ=ゴッドセフィア」

「はっ!」

「お前の隊が持ち帰った情報により、迎撃態勢を整えることができた。並びに決戦における魔王の血族の討伐。医官として働いてくれた夫のフジ共々、いずれも素晴らしい働きであった。此度の功績をたたえ、ドラセナ=ゴッドセフィアは第二部隊長へと昇格させよう」

「あ、ありがとうございます!」


 騎士たちから驚きの声が上がる。第二部隊は対外戦争における主力部隊。王都守護を担うオウカの第一部隊と並ぶ騎士団の顔とも言える立場だ。

 騎士団長、第一部隊、第二部隊のトップが同世代の若手で構成されるのは極めて異例の事であった。感極まり、胸がいっぱいになるドラセナだが喜びを胸に押し留めて頭を下げた。


「カルーナ=ウルガリス」

「はっ!」

「騎士団の最前線に立ち、戦った鬼神の如き働き、聞き及んでいるぞ。騎士団はまだ実力はあるが若い者が多い。お前の力はまだまだ必要となる。期待しているぞ」

「勿体無いお言葉」

「グラキリスの遺児については以後も任せる。五大騎士家の継嗣として恥ずかしくない子に育てて欲しい」

「仰せのままに」


 普段ぶっきらぼうな言葉遣いのカルーナだが、この日ばかりはウルガリス家の当主らしく畏まった言葉遣いだった。

 カルーナへの褒章も下賜され、残るは三人。


「オウカ=フロスファミリア」

「ははっ!」

「フロスファミリア家当主、グロリオーサよりお前に家督を譲る旨を受けている。国王の名において正式に家督の継承を認めよう」

「感謝の極み。フロスファミリア家当主としてこれからも王国のために尽くすことを誓います」

「従騎士のキッカ=ラペーシュ=フロスファミリア、レンカ=ロータス=フロスファミリア両名の功績も聞き及んでいる。ラペーシュ家の再興、並びにロータス家への褒章も認めよう」


 驚きのあまりオウカは顔を挙げた。フロスファミリア家当主としてキッカの功績に対して何とか便宜を図ろうといって居た彼女にとっては思いがけない言葉だったからだ。


「特にキッカは十分に五年前のラペーシュ翁の償いを果たした。これ以上責を負わせることも無かろう」

「キッカたちも喜ぶと思います。心より感謝申し上げます」


 当主の継承。ラペーシュ家の恩赦。オウカの名声の高まりにより、これからのフロスファミリア家の更なる発展を誰もが感じていた。


「そして、トウカ=フロスファミリア」


 最後にルドベキアの目が向いたのは、残る二人。民間人でありながらこの場に呼ばれていたトウカ=フロスファミリアとマリー=フロスファミリアの両名だった。


「魔王の血族の首魁、アザミを倒したのはお前だと聞き及んでいる。さすがはフロスファミリア家随一の剣の使い手だ」

「お褒めの言葉、痛み入ります。私だけではありません。皆の力があったからです」

「そうか……だが最後の決め手となったのはそこな娘、マリーの力によるものが大きいという話だが?」

「……っ!? 陛下、それは!」


 トウカは周囲を見渡す。その場にいる者たちは王の発言に対して何の反応も見せていない。この場にいる者は全てを知らされた上でここに列席しているのだと、オウカたちも理解した。


「トウカよ、お前の此度の働きは誰もが認める所だ。だがそもそもの発端はお前が五年前、私に嘘をつき、魔王の娘マリーを自分の娘として引き取ったことだ」

「それ……は」

「私はこの国を治める者として、国を脅かすものを除かねばならん。それはわかるな」

「は、はい……」

「お待ちください陛下! トウカを断罪するならばそれを知りながら協力していた私も同罪。どうか私めにも処罰を!」


 オウカが思わず立ち上がろうとするが、ルドベキアは視線だけでそれを留めた。


「オウカ、これはお前の家の問題ではない。王国の存続にかかわることだ。仮にお前たちの全員がトウカのため今回の栄典を辞したとしても余の決定は覆らぬ」

「ですが、陛下!」

「控えよ、フロスファミリア・・・・・・・・!」

「くっ!」

「どうしてよ、ママは私を守ろうとして――」

「動くな、マリー!」

「どうしてよ、お母さん!」


 マリーはオウカの無念に満ちた表情を見て言葉を失った。その身を挺してもトウカを守りたい気持ちは彼女も同じなのだ。だが当主を継いだ彼女の発言はフロスファミリア家を代表するものとなる。トウカとマリーをこれ以上擁護すればそれはすなわちフロスファミリア家の総意となる。家に連なる全てのものを背負う立場の言動の重みはこれまでの比ではないのだ。

 ルドベキアが玉座から腰を上げた。側近から剣を受け取り、一歩ずつトウカの前へと向かってくる。それでも立ち上がろうとするマリーをオウカは肩をつかんで引き留める。


「動くな……お前もフロスファミリアの者なら私の言葉に従え」

「嫌よ……そんな理屈納得できない!」

「マリー!」


 マリーがその手に魔力を集め始めていた。空気が震え始めている。魔法を使い、全てを敵に回してもトウカを守ってこの場から離脱するつもりだった。


「ママは私のために戦ったのよ。罰を与えるなら私じゃない!」


 王を守るべく、騎士たちが武器を構えてマリーを囲む。マリーは感情を爆発させながら立ち上がった。


「いつもそうよ。どれだけ頑張ってもママは全然評価されない。今回だって、ママは命をかけてこの国を守ったのに何で処罰されなくちゃ――!」

「やめなさい、マリー!」


 だが、それを毅然とした声で制止したのは他ならぬトウカ自身だった。思わぬ𠮟責にマリーも戸惑いながらトウカに目を向ける。


「ダメよ、マリー。その力は誰かを守るためのものでしょ?」

「でも!」

「これは私の罪よ。私にはその償いをする義務がある」

「ママ……やだよ。どうしてママばっかりこんな……」


 これ以上トウカを悲しませたくない。そんな思いが働いて魔力が萎むように落ち着いていく。力なくうなだれ、へたり込むマリーにトウカは微笑む。


「気にしなくていいの……あなたを娘にするって決めたときから覚悟していたことだもの。その日が来たってだけ」

「そんな……」

「よい覚悟だ。ならば裁きを受け入れるのだな?」

「申し開きをするつもりもございません。ですが、できればオウカとマリーには寛大な措置を」

「いいだろう。では、トウカ=フロスファミリアよ。アルテミシアの王ルドベキアの名においてお前に処分を申し渡す」


 ルドベキアが剣を抜く。トウカは裁きの時を受け入れるべく、目を閉じた。


「……えっ?」


 だが次にトウカが感じたのは軽く肩を叩かれる感触だった。目を開くとルドベキアの剣は横向きにされ、肩に軽く乗せられていた。


「確かにかつてのお前の決断はこの国を危険にさらした。だが魔王の娘マリー無くして此度の脅威を除くことが不可能であったことも事実だ」

「陛下……?」

「マリーにとってお前は無くてはならない存在だ。先程の光景からもお前がいる限り、マリーが人の世に脅威をもたらす危険性は限りなく低いと言えよう。それ故に余は命じる」


 戸惑うトウカは顔を上げる。強い意思を込めて、トウカを睨みながらルドベキアは告げた。


「トウカ=フロスファミリア。お前には王国東の地の復興を命じる」

「え……!」

「知っての通り、ここは長年統治する者がおらず、結果例の魔王の血族たちが拠点とするに至ってしまった。お前にこの土地を与える。ここに赴き、領主として治めよ」

「え……陛下、それって」


 トウカの唇が震える。そんな彼女に微笑みかけ、ルドベキアは続ける。


「だが大変だぞ。いまだあの地では魔族への不信感と恐怖は強い。マリーを抱えながらでは開拓も復興も茨の道となろう。父や姉の助言の下、励むがいい」


 トウカが目を見開く。何が起きているかわからないマリーはぽかんとしていた。わかるのはトウカが処罰されたのではないと言うことだった。


「え……どういうことなの。ママが騎士……え?」

「叙任だ」


 そしてその横で、オウカが驚きをはらんだ声で呟いた。


「剣の腹を肩に乗せ、王が騎士に任ずる叙任の儀。たった今、陛下が行ったのはそれだ」

「ママが……王国騎士に?」

「魔王の血族を倒すほどの力を持つお前の力は惜しい。その力をもって王国の六番目の守護者となって東の地を守ってもらいたい」

「六番目……まさか、陛下!」


 オウカは更に驚きで声を上げた。アルテミシア王国を支える五大騎士家。ルドベキアの言葉は更にそこに一席を設けることを意味する。王国騎士として最大の栄誉。フロスファミリア家の一員としてでなく、トウカ個人・・としての家を興すことが許されたのだ。


「魔王を倒し、国を救った英雄を列するのに誰が異議を唱えようか」

「陛下……!」

「裁きを受け入れると言ったのだ。まさか五年前の様に断るまいな」

「はい…喜んで、お受け……いたします!」


 かつてオウカと誓った一緒に王国騎士になろうという約束。一度は諦めたその夢が叶った喜びがトウカの目に涙を湛えさせる。万雷の拍手の中、ルドベキアは玉座に戻り、トウカはオウカと共に喜びを分かち合うのだった。




 その日、王国はかつてない賑わいを見せた。新たなる王国騎士の誕生、そして救国の英雄たちを称えるパレードが行われ、人々は口々に英雄の名を、称える歌を、王国の繁栄を叫んだ。


「はっ、お気楽なもんだ。自分達じゃ何もしてねえくせに命を懸けて戦った奴らを祀り上げやがって」

「しかし、その国民たちがいてこそこの国の営みは保たれているのです。人間の社会は力のあるなしで優劣が決まるものではありませんよ、アキレア」


 ノアの物言いに思わずアキレアは肩を竦める。初めて出会った頃に比べてそのあまりの変わり様に最近は驚かされてばかりだった。


「おーおー、随分と人間びいきになったものだ」

「価値を認め直しただけですよ。弱さを知っているからこそ補い合い、我らに比類する力を発揮できるのです。それはアキレア、貴方もわかっていることでは?」

「……ちっ」


 アコとの戦いでキッカに最後の一撃を託したことを思い出す。悪態をつきながらも彼女らを信頼するに足る存在だと彼もわかっているのだ。


「で、これからどうするつもりだ? マリーから一緒に来て欲しいと誘われてるんだろ?」

「いえ、私が行けば無用な混乱を招くだけでしょう。それに私にはやるべきことがありますので」


 その視線の先にはトウカとオウカの間で満面の笑みを浮かべるマリーがあった。幼い時分より見守ってきた彼女が最も幸せそうに笑顔を咲かせる場所。それを見てかつての自分の決断が間違っていないことを確信する。

 だからこそ守らねばとノアは強く思う。あの笑顔を、あの子の居場所を。


「では私はこれで」

「あ? マリーに何も言わないで行くつもりかよ」

「いいのです。もはや私がマリー様にしてあげられることは何もありません。あのお方には最愛にして、最大の護り手がついている」


 マリーが幸せであるためにノアは自分たち魔族が側にいない方がいいと今回の事件で確信した。そしていつ再びマリーを襲う輩が現れるとも限らない。事前にそれらを排除するのが役割だ。それは決してマリーに見せてはならない闇の世界。光の当たる世界に居場所はないのだ。


「待てよ。俺も付き合うぜ」

「おや、貴方はあちらへ行くつもりだと思っていましたが?」

「平和な日常より、戦いの中の方が俺向きなだけだ」

「確かに。では、共に参りましょう」

「……しかし、人間に魔王の娘を託すか。あーあ、いつか、あの世とやらで魔王様にお会いしたら何と言われることやら」

「そうですね。叱責を受けるかもしれませんが一つだけ、伝えることは決まっていますよ」

「あ、何だよ」

「いえ、その言葉を確かにするためにも行くとしましょう」


 ――マリー様は幸せに暮らされていますよ、と。

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